『ヴィジョンクエスト』第1話&第2話レビュー 斬新な描写で描く3世代にわたる“父子の物語”

 マーベルの新たなドラマシリーズ『ヴィジョンクエスト』の配信が開始された。主演はこれまでマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)でヴィジョンを演じ続けてきたポール・ベタニー。さらに、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』でアベンジャーズの強敵として立ちはだかったヴィラン、ウルトロンを演じたジェームズ・スペイダーも、11年ぶりに同じ役で戻ってくる。

 マーベルが2025年のニューヨーク・コミコンで発表したところによると、本作は2021年の『ワンダヴィジョン』、2024年の『アガサ・オール・アロング』に続く3部作の完結編と位置づけられている。 

 ヴィジョン自身が物語の中心に立つのは、実はこれが初めてだ。しかし、本作の主人公は、これまでの記憶を“情報”として持っているがそこに“実体験”は伴わない「ホワイトヴィジョン」であり、彼は“ヴィジョンであってヴィジョンではない”。そこが物語の肝となっていくのだが、マーベル・スタジオでストリーミングとテレビ部門を率いるブラッド・ウィンダーバウムは、3部作を貫くテーマを「親であること」とし、本作がウルトロン(ジェームズ・スペイダー)、ヴィジョン(ポール・ベタニー)、息子トミー(ルーアリ・モリカ)の3世代の「父子の物語を描く」と語っている。そこでまずは、そこへ繋がる過去作を振り返ったうえで、『ヴィジョンクエスト』第1話、第2話のレビューをお届けしよう。

『エイジ・オブ・ウルトロン』で“父子”が交わした会話

 ヴィジョンの体を設計したのはウルトロンだ。人類の根絶を企てた彼が自分の新たな器として作らせた肉体を、アベンジャーズが奪い、ヴィジョンは創造主の敵として目を覚ました。

 『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』のラスト、ソコヴィアの森で、ヴィジョンはかろうじて生き延びたウルトロンと向き合う。人類はいずれ滅びると言うウルトロンに、ヴィジョンはそれを認めたうえで、物は長く続くから美しいのではないと答え、父を破壊する。MCUでこの親子が言葉を交わしたのは、このときが最初で最後だった。ショーランナーのテリー・マタラスは、この短い対話こそが『ヴィジョンクエスト』の出発点だったと明かしている。

『ワンダヴィジョン』で語られた「テセウスの船」と悲しみの定義

 『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』でのヴィジョンの死を受け入れられなかったワンダ(エリザベス・オルセン)は、ウエストビューという郊外の町をまるごと結界で包み込み、シットコムのようなはりぼての日常を作り上げた。そこで夫として暮らしたヴィジョンは、ワンダの力が生んだ虚構でしかない。はずだった……。

 その後二人の間には、ワンダに似た能力を持つビリーと、ワンダの亡き兄ピエトロ(アーロン・テイラー=ジョンソン)と同じ超高速の力を持つトミーという双子が生まれ、ヴィジョンは作り物の世界の中で確かに父親として生きた。一方、結界の外では政府機関が本物のヴィジョンの“遺体”を再起動させ、記憶を持たない「ホワイトヴィジョン」を作り出していた。

 心と記憶はあるが実体のないヴィジョンと、実体はあるが記憶のないヴィジョン。最終話で二人が向き合ったとき、持ち出されたのが「テセウスの船」の話だ。古い部品をすべて取り替えた船は、元の船と同じなのか。どちらが本物なのか。そんな問いに対し二人は「どちらも本物かもしれない」という答えにたどり着き、ヴィジョンは自分の記憶をホワイトヴィジョンに渡す。体と記憶がそろった彼は、自分こそがヴィジョンだと宣言して飛び去った。ただし、渡されたのは記憶だけで、感情までは移らなかった。この「欠け」が、『ヴィジョンクエスト』の出発点になる。

 そしてもう一つ思い出しておきたいのが、兄ピエトロを失ったワンダに、生前のヴィジョンが語りかけた「悲しみ嘆くのは愛を貫いている証拠」という言葉。ワンダとヴィジョンの物語を象徴するように何度か出てきたこのセリフが、本作においても重要なキーワードとなっていく。

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