『室井慎次』2部作から『踊る』新作映画へ すれ違う室井と青島が最後に見つめた同じ景色

 考えてみれば、それは青島が湾岸署でずっと見てきた景色でもある。湾岸署にいるのも、決して完璧な人間ばかりではなかった。保身に走る者もいれば、暴走する者もいる。意見がぶつかることもある。それでも、いざとなれば誰かのために走る。警察署という形を取りながら、湾岸署もまた一つの小さな社会だった。

 室井は警察を辞めて初めて、青島が見てきた「現場」に自ら立ったのかもしれない。『踊る』における「現場」とは、単に事件が発生した場所ではないのだろう。事件になる前にも生活があり、事件が解決したあとも人生は続いていく。つまり「現場」とは、人間が生きている社会そのものなのだ。

 そんな現場で室井が作ったのが、「家族」という小さな組織だった。興味深いのは、そこで室井が子どもたちに正解を与えようとしないことだ。リクが万引きをしても、室井は彼を切り捨てない。杏が家に火を放ったことを知っていても、本人が口にするまで待つ。地域の若者たちが店で暴れたときも、正論でねじ伏せるのではなく、一緒に散らかった商品を棚へ戻そうと訴えかける。

 「正しいことをしろ」と命令するのではない。何が正しいのかを、自分で考えさせる。だからこそ、リクは自分の意思で万引きをした店へ謝りに行く。そして母・真奈美と同じ道を歩むのではないかと危惧されてきた杏も、銃を手にした最後の局面で、自ら銃口を空へ向ける。

 室井は指示していない。二人が自分で答えを出したのだ。ここに、室井がかつて警察で実現しようとしていた理想が重なる。

 上にいる人間が現場を疑い、細かく管理するのではない。一人の人間として信じ、いざというときには責任を引き受け、守ってくれる。そういう上司のもとにいるからこそ、現場の人間も自分で考えて正しいことをしようと思えるのではないか。

 室井が最後に作った家族は、まさにそんな組織だった。警察という巨大な組織では実現できなかったものを、タカ、リク、杏、そして愛犬のシンペイと暮らす小さな家の中で実現していたのである。

 『生き続ける者』の終盤、室井が酔いながらタカたちに新しい夢を語る場面がある。もっと大きな家を建て、事件に関わった人たちの子どもをもっと受け入れ、一緒に暮らしたい、と。それもまた、ある種の「組織作り」だ。

 若き日の室井は、警察という巨大な組織を変えようとした。晩年の室井が夢見たのは、一人ひとりの顔が見える場所を少しずつ広げていくことだった。夢は破れたのかもしれない。だが、本当に実現したかったことまで失われたわけではない。

 そして最後、室井自身が「現場」へ向かう。吹雪の中でいなくなったシンペイを探すためだ。かつて現場で命を張る青島たちを、遠く離れた場所から守ろうとしていた室井が、最後には自分自身が守りたいもののために命を張る。

 室井慎次は、警察を辞めて初めて「現場」に立ち、最後までそこで生きたのだ。

 だが、室井の死で物語は終わらない。彼が警察で目指したものは「室井モデル」として受け継がれ、家族という組織で抱いた新しい夢も、タカ、リク、杏へと託される。組織の形は違っても、一人ひとりを信じ、正しいことを自分で選べる場所を作ろうとする思いは変わらなかった。

 そして物語の最後、青島は室井が暮らした家の目前までやって来る。しかし仕事の連絡を受けると、家には入らず、その場を去っていく。再び「現場」へ戻るために——。

 警察組織を変えるために上を目指した室井と、現場に立ち続けた青島。歩んだ道は違った。しかし、警察を辞めた室井が最後にたどり着いたのもまた、人と人とが関わりながら生きる「現場」だった。二人が再会することは叶わなかった。それでも最後には、同じものを見ていたのかもしれない。

 そして、ここから青島の物語は、現在大ヒット上映中の『踊る大捜査線 N.E.W. メトロポリスを駆け抜けろ!』へと続いていく。

 『踊る』を支えてきた二人の“主人公”のうち、室井の物語には一つの結末が与えられた。では、表の主人公・青島は、この先どんな道を歩むのだろうか。現場に立ち続けるのか。かつての室井のように、組織を変える側へ回るのか。それとも、別の道を選ぶのか。室井が警察を離れても、自分なりの組織を作り続けたように、青島にもまだ私たちの知らない未来がある。願わくば、できる限り長く、その背中を追いかけていたい。

■放送情報
『室井慎次 生き続ける者』
フジテレビ系『土曜プレミアム』にて、10月10日(土)21:00~23:25放送
※地上波初放送
出演:柳葉敏郎、福本莉子、齋藤潤、前山くうが・前山こうが、松下洸平、矢本悠馬、丹生明里(日向坂46)、松本岳、西村直人、真矢ミキ、筧利夫、飯島直子、小沢仁志、木場勝己、加藤浩次、稲森いずみ、いしだあゆみ
プロデュース:亀山千広
脚本:君塚良一
音楽:武部聡志
監督:本広克行
製作:フジテレビジョン、ビーエスフジ、東宝
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