Netflixシリーズ『ダウンタイム』が等しく照らした“救い”と“暗部” その身体は誰のものなのか

身体の主導権をめぐって

 どんな顔で生きるかを決める主導権は、本来なら本人が握っているはずだ。ところが本作には、その主導権を手放させられた人物がいる。声優を目指す田中善子(天野はな)だ。

 彼女には演技の実力がある。それなのに、容姿を理由にオーディションの土俵にすら上がらせてもらえない。声優は本来、声で勝負する仕事のはずだ。しかし、現実の声優業界はこの十数年ですっかり様変わりした。ひと昔前まで、声優は画面に顔を出さない職業の代表格だった。それがいまでは、イベントのステージに立ち、配信番組に出演し、SNSで日々発信するのが当たり前になっている。

 個人的に記憶に残っているのが、2026年5月に『週刊さんまとマツコ』(TBS系)で放送された声優特集だ。3世代を代表する声優が集められ、業界のリアルな裏側に迫るという内容の番組で、若い世代の声優として出演していた『チェンソーマン』デンジ役の戸谷菊之介は、自分の世代の声優に求められるものを問われると、「フォロワー数」と回答。その場ではさらりと流れていったが、その回答にこそいまの声優を取り巻く空気がよく表れているように思う。

 フォロワー数が求められるということは、声優が“見られる”存在になったということだ。見られる存在になれば、容姿も評価の対象になる。声優のアイドル化はファンとの距離を縮め、業界を盛り上げた。その一方で、声の仕事を志す人に、声とは関係のない条件まで課すようになった。善子が顔を変えたのは、彼女自身が望んだからというより、業界がそれを求めたからだろう。自分の顔の主導権は、いつのまにか他人の手に渡っていたのだ。

 一方で、主導権を取り戻すための整形も、本作は描いている。野呂佳代演じる主婦・小澤真海のエピソードは、全話を通して特に心に残った場面のひとつだ。

 高圧的な夫と、思春期の娘。家族の日常に流されるうちに、彼女は「妻」や「母親」としか認識されなくなり、真海という一人の女性として扱われることがなくなっていた。そんな彼女が、ようやく自分のために選んだのが、女性器の形成手術だった。

 顔でも胸でもなく、誰にも見られない場所なのだ。人に褒められるためでも、SNSに載せるためでもない。他人の評価をいっさい介さない、純粋に自分のためだけの整形。もしかすると、ずっと昔に夫から心ない言葉をかけられ、それを誰にも言えずに抱えてきたのかもしれない。だとすれば、彼女が取り戻そうとしたのは、長年かけて削られてきた自信なのだ。

 善子は、他人の目に応えるために顔を変えざるをえなかった。真海は、他人の目が届かない場所を、自分の意思で変えた。同じ整形でも、主導権がどちらにあるかで、その意味はまるで変わってくる。

呪縛の中で獲得する“自分”

 父が危篤となり実家に戻った善子は、看病を続ける母の前に整形した顔で現れ、もうこの家には戻らないと告げる。この場面を見て思い出したのが、『孝経』の「身体髪膚これを父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」という一節だ。体は親から授かったものだから、傷つけないことが親孝行の始まりだ、という教えである。整形と聞いて理屈抜きの後ろめたさを覚える感覚の根っこには、いまもこの考え方が残っているのではないか。そしてそれは、小学生YouTuberのエピソードにも呼応していく。

 そんなふうに本作は、「親から受け継いだ顔」とともに、親子関係における呪縛についても見つめていく。どんな自分で生きていくか、どんな人生を歩んでいくのか。それも含め、『ダウンタイム』は、やはり“主導権”をめぐる物語なのだ。

 その身体は、いったい誰のものなのか。

 自分の身体の主導権をめぐって揺れていた本作の登場人物たちを通して、提起されるこの一つの問い。彼らが求めたような身体の主導権も、救いも、この手のひらの中にある。そう信じたい気持ちとともに、私たちは今日もその手の中で光るデバイスをスクロールし、また新しい美容の知識に踊らされている。

■公開情報
Netflixシリーズ『ダウンタイム』
Netflixにて独占配信中
出演:松岡茉優、仲里依紗、間宮祥太朗、田中みな実、萩原利久、長井短、渡辺大知、中川家礼二、シシド・カフカ、城田優、増子直純、武田創世、泉里香、田村健太郎、篠井英介、天野はな、景井ひな、研ナオコ、野呂佳代、古川凛、安達祐実、風間俊介、Kōki,、永作博美、渡部篤郎
監督:Yuki Saito
脚本:池上純哉
プロデューサー:三宅はるえ、茂木克仁
企画プロデューサー:工藤伸一
制作プロダクション:K2 Pictures
企画・製作:Netflix

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