『呪術廻戦』日車寛見は傷ついた大人の代弁者だ 杉田智和の“引き算の演技”が照らす魅力
アニメ『呪術廻戦』「死滅回游編」において、一際異彩を放つキャラクターが登場した。元弁護士の泳者・日車寛見である。池袋の劇場の舞台で、服を着たまま、どこから出てきたのかわからない風呂に水を溜めて身を沈める。そんなインパクトしかない登場の仕方なのに、彼の地に足のついた人間性によって、バランスが取れてしまうのがずるい。
彼の本格的な登場と、主人公・虎杖悠仁との対峙を描いた第55話は、術者として覚醒する前の日車の過去も描かれ、その演出も含めて話題を呼んだ。SNS上でもファンアートが急増し、ハライチの岩井勇気も「呪術廻戦でやっと好きなキャラできた。日車寛見」とXでポストしている(※)。男女問わず惹かれてしまう日車の魅力と、それを最大限に引き出した声優・杉田智和の演技について紐解いてみたい。
傷ついた大人たちの代弁者として
日車の最大の魅力は、彼が「システムの限界に絶望した善良な大人」である点に集約される。
彼はもともと、弱者を救うために情熱を燃やす天才弁護士であった。その天才ぶりはT大学法学部を一発合格、法科大学院導入前の旧司法試験もストレート通過した過去や、司法修習生時代に指導教官から裁判官任官を勧められた経緯からも窺える。しかし、有罪率99.9%と言われる日本の司法制度という分厚い壁、そして無実を確信しながらも依頼人に有罪判決が下される残酷な現実に直面し、彼の心はついに限界を迎える。
「やり直しだ」
そんな言葉とともに覚醒した彼の術式は、天秤を携えた式神「ジャッジマン」による裁判という形を取った。これは、彼がかつて信じ、そして裏切られた「法」そのものを暴力(呪術)へと変換させた姿に他ならない。彼の悲劇性は、そんなふうに人を救うために使いたかったはずの法を使って、自らの手で裁かざるを得なくなった皮肉にある。術式覚醒からわずか十数日で1級呪術師レベルの実力に至り、領域展開までも会得した圧倒的な天才である彼だが、その突出した知性と才能が、結果的に彼自身をより深い闇へと追いやっている。
「君の心はどうなる」
劇中、日車に向けられたこの印象的なセリフが反芻される。地に足のついた大人が絶望した過程を見守ると、どうしても彼がただ物語の主人公の目の前に立ちはだかる悪役とは思えない。日車は不条理なシステムや、世論のバッシングを受け保身に走った体制に対して積もりに積もった怒りをぶちまけた。そんな彼に向けられてきたこの言葉が、なんだかこちら側にも向けられているような気がするのは、日車というキャラクターそのものが社会に疲労したり裏切られたりした大人の代弁者だからではないだろうか。
理不尽な世界に対して「それは間違っている」と叫び続け、その結果として擦り切れてしまった彼の姿は、現代社会でストレスや不条理を抱えながら生きる我々にとって、あまりにも身近で、切実なものとして映る。「渋谷事変」で逝ってしまった七海建人を彷彿とさせる、そのくたびれ感が、特に大人の読者/視聴者に寄り添ってくれる、そしてこちらも寄り添いたくなるキャラクターとして、魅力的なのだ。