法廷ドラマの主人公像を立たせる仕掛けとは? 『テミス』『イチケイのカラス』から紐解く

 「わからないことをわかっていないと、わからないことはわかりません」。初めて聞いた時、「今の言葉は一体何だったのか」と、頭の中で反芻してしまった。これは現在放送中の『テミスの不確かな法廷』(NHK総合)での主人公のセリフだ。

『テミスの不確かな法廷』写真提供=NHK

 本作は、発達障害の特性を持つ裁判官・安堂清春が自身と向き合いながらさまざまな事件に挑む法廷ヒューマンドラマだ。主人公の安堂を演じるのは、日曜劇場『リブート』(TBS系)へのサプライズ出演が話題になった松山ケンイチ。13歳の時にASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)の診断を受けた安堂(松山ケンイチ)は、「僕は宇宙人。生まれながらにして地球人の“普通”がわからない」と言う。主治医の山路薫子(和久井映見)の助言をもとに、“普通”であろうとコミュニケーションや振る舞い方を学び、自分が発達障害であることを隠したまま裁判官となった。ちなみに、安堂が裁判官になったのは法律だけは個人の特性に関わらず変わらないルールだったから、というのも胸に響く。

『テミスの不確かな法廷』写真提供=NHK

 どんなに“普通”を装っても、安堂の特性はふとした言動として出てしまう。それは日々の生活においてだけでなく、仕事のやり方に関しても見て取れる。例えば、被告人と意思疎通ができていないと判断すれば躊躇なく弁護人を解任するし、わからないことがあれば自ら現場に足を運んで関係者に話を聞く。安堂の場合、これらの言動には何か強い信念があってというより、本人の特性がそうさせてしまう部分が大きいことが物語の肝にもなっている。要するに、裁判官が普通しないことを普通にしてしまうのだ。周囲の人は安堂の特性を知らないがゆえ最初は不信感を抱くが、徐々に受け入れるようになる。今や安堂からは行き詰まった法廷に新しい風を巻き起こす、ちょっとしたヒーロー感さえ漂い始めている。第1話から変化していった弁護士の小野崎(鳴海唯)の姿は見どころの1つになっていて、個人的には第4話での安堂の上司・門倉(遠藤憲一)のエピソードは、観ていて胸が熱くなるものがあった。

『テミスの不確かな法廷』写真提供=NHK

 型にハマらない(ハマろうとするがハマれない)安堂がいる一方で、冷静かつ理論的な思考を身上とし、感情を排した判断こそ裁判官のあるべき姿だと信じるエリート判事補・落合知佳(恒松祐里)もいる。上層部から求められていることを理解し、着実に職務に邁進する落合にとって、慣例にとらわれない安堂の言動は理解不能であり、出世を目指している身としては目の上のたんこぶ的存在とも言える。もちろん、落合は“悪”ではない。公正な裁判のもと判決を下したいという思いは同じで、解決までの道筋が違うだけ。そして、そんな落合の存在があるからこそ、安堂の苦悩や葛藤は際立ち、物語は深みを増していくようにも思う。

映画『イチケイのカラス』©︎浅見理都/講談社・2023 映画「イチケイのカラス」製作委員会

 裁判官が主人公のドラマといえば、『イチケイのカラス』(フジテレビ系/2021年)が思い浮かぶ。竹野内豊演じる主人公・入間みちおは、過去に被告人の無罪を証明できず自殺に追いやってしまった経験がある元弁護士の刑事裁判官。絶対に冤罪を生まないように自分で現場検証を行い、事件の真相を明らかにするのが入間(竹野内豊)のスタイル。しがらみや偏見、先入観に一切とらわれない自由な観察眼と、徹底的に調べ上げる探究心は、弁護士団や検察官たち両方から恐れられている存在だ。入間は強い信念を持って行動している点が前述の『テミス』の安堂との大きな違いだが、異端児として扱われていた裁判官がいつしかヒーローのような存在になっていくのは同じではないだろうか。

映画『イチケイのカラス』©︎浅見理都/講談社・2023 映画「イチケイのカラス」製作委員会

 また、本作にも主人公と対照的なキャラクターが登場している。その人物は、黒木華演じる特例判事補・坂間千鶴。坂間は冗談が全く通じない堅物なタイプで、迅速さと効率性を重視している。入間がじっくりと事件の真相を深掘りしていくことに当初は反発を示すが、次第に影響を受け、自分自身の信念とも向き合うことになる役どころ。『テミス』然り、同じゴールに向かってはいるがやり方が異なる坂間のようなキャラクターを登場させることでも、主人公のヒーロー感が際立つことになるのだと改めて実感する。

 『テミスの不確かな法廷』は法廷ドラマとしては楽しめることはもちろん、発達障害を抱える当事者がどうやって自分と向き合い“普通”を生きるのか、人間ドラマとしても非常に見応えのあるドラマだ。2月23日〜24日には一挙再放送も決定しているので、今からでもぜひ追いかけてほしい。

■放送情報
ドラマ10『テミスの不確かな法廷』
NHK総合にて、毎週火曜22:00~22:45放送(全8回)
※毎週木曜24:35〜25:20再放送
NHK ONE(新NHKプラス)で同時・見逃し配信予定
出演:松山ケンイチ、鳴海唯、恒松祐里、山崎樹範、山田真歩、葉山奨之、小木茂光、入山法子、市川実日子、和久井映見、遠藤憲一 ほか
原作:直島翔『テミスの不確かな法廷』
脚本:浜田秀哉
音楽:jizue
演出:吉川久岳(ランプ)、山下和徳、相良健一、富澤昭文
制作統括:橋立聖史(ランプ)、神林伸太郎(NHKエンタープライズ)、渡辺悟(NHK)
写真提供=NHK

関連記事