『ばけばけ』の素晴らしさは“外れた人”の描き方にあり トキは独自の朝ドラヒロインに

 それにしてもかつて朝ドラでここまでド貧乏のヒロインがここまで玉の輿に乗った作品はあっただろうか。決して裕福な家庭に育ってはいないヒロインは少なくないが、結婚して人生大逆転したという展開は意外とない。これまではたいていヒロインが自力で道を切り開いてきた。ところがトキはいまのところ女中としてもさほど突出した能力を発揮していないし、流されるように女中をやっていた。

 ただ怪談に詳しかったことがヘブンの気持ちを掴んだ。お華や三味線など武家の習い事ができたことも功を奏したが、これもこれで身を立てるほどの出来栄えではない。とりたてて才能をもたない女性が、運悪く貧乏暮らしになって、青息吐息でやってきたら、たまたまお金持ちに見初められたというシンデレラストーリーというのは朝ドラのフォーマットとはやや違う。がむしゃらに働かなくても、自分らしく生きていれば幸せがやってくることもある、『ばけばけ』はそんな稀有な朝ドラだ。

 モデルのいるドラマは史実かそうでないかがどうしても気になってしまうものだ。『ばけばけ』の場合も、トキのモデル・セツがここまでとりたてて何もない人物だったのか気になる。彼女の唯一の著書『思ひ出の記』を読むと、しとやかで、それなりの知性も持ちあわせているようにも感じる。また、幼少時、外国人に会ったとき物怖じしなかったことや、そのときもらった虫眼鏡を大切にしていたという逸話が残っていて、異国文化に興味を持っていたのではないか、好奇心の旺盛な人物だったのではないかと推察できる。たぶん、セツの逸話こそがこれまでの朝ドラヒロインらしいだろう。男性優位で女性の立場が低い状況に抗う女性を理想像として朝ドラは追求してきたのだ。

 これまで朝ドラで描かれてきたヒロインのように、現実でも女性たちが頑張って、徐々に女性の権利を勝ち取ってきた。理不尽な経験を味わってきた女性たちが声をあげるようにもなってきた。『虎に翼』(2024年度前期)はまさに女性讃歌のドラマがようやくたどり着いた場所だったと思う。

 朝ドラヒロインのような、状況に抗い権利や幸福を勝ち取る女性像という固定化された理想。明るく元気でさわやかな優等生はもちろん、多少優等生路線からズレたとしても、確たる意思をもって道を切り開く人は皆、朝ドラヒロインの定型だ。こうして知らないうちに誰もが誰かが作り上げた理想像を生きている。はたして誰もがそうであろうか。そんなことが無理な人だって現実にはいくらでもいる。『ばけばけ』のトキは作り上げられた理想像から少し離れた人物になっている。モデルのセツは天国で苦笑しているかもしれないけれど。セツはもしかしたら、タエ(北川景子)のような人だったのではないかという気もする。

 史実と違うといえば、三之丞(板垣李光人)。彼のモデルらしき人物は、働かず、セツからの仕送りに頼るのみならず先祖代々の墓を売却するような困った人だったらしい。朝ドラではその手のダメ男が定番だったが、あえてそうは描かず、タエに人の上に立つ者になれと言われて社長をやっていると嘘をつきトキに頼る。どこか精神的に弱い人物として描かれた。第14週では、その三之丞の存在がヘブンに不信感を抱かせる。結果的には、松野家と雨清水家のわだかまりが解けて、「だらくそがー」と叫ぶことでたまりにたまった鬱屈した思いが解消される。たぶんヘブンは雨清水家の経済的な面倒も見てくれるのだろう。

 よくできた人間を描くよりも、ちょっと外れた人を描くほうが難しい。そこに挑んでいる『ばけばけ』は素晴らしい。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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