2025年の年間ベスト企画
児玉美月の「2025年 年間ベスト映画TOP10」 既知のジャンルや旧作をふたたび鋳直す映画体験
リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2025年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、アニメの4つのカテゴリーに分け、映画の場合は、2025年に日本で公開・配信された作品から、執筆者が独自の観点で10作品をセレクトする。第14回の選者は、映画文筆家の児玉美月。(編集部)
1. 『かたつむりのメモワール』
2. 『私たちが光と想うすべて』
3. 『バード ここから羽ばたく』
4. 『We Live in Time この時を生きて』
5. 『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』
6. 『教皇選挙』
7. 『ノーバディーズ・ヒーロー』
8. 『聖なるイチジクの種』
9. 『秋が来るとき』
10. 『ベイビーガール』
アダム・エリオットによる2009年のクレイアニメーション映画『メアリー&マックス』は、アスペルガー症候群の中年男性と孤独な少女が文通を通して交流を深めていく、一風変わった作品だった。一見するとかわいらしい印象を受けるアニメーションの世界観のなかで、ここまで人間関係の複雑な機微や現実の深刻な問題を緻密に描けるのかと鮮烈に記憶に刻まれた。それからおよそ15年越しとなった長編映画の新作『かたつむりのメモワール』では、奇抜な見た目の高齢女性ピンキーと、両親を亡くしてたったひとりの家族である弟とも引き離されてしまったグレースが特別な紐帯を築いていく。やはりエリオットらしく、なかなか結びつかない年の差のある者同士の友情は健在。さらにゲイであることを公言しているエリオットは、『メアリー&マックス』でわずかに物語に鏤めていたに過ぎなかったクィア性を『かたつむりのメモワール』ではより深化させてもいる。グレースが旅路の果てに、諦められずにいたある夢を叶える展開も個人的に忘れがたい。この時代だからこそ指紋さえ視認できる粘土の手作り感が帯びるアナログ性が貴重でもあり、8年に及ぶ製作期間も納得の完成度の高い一本として、アニメーション映画の可能性を更新した一本として、2025年のベスト映画に挙げたい。
大都市ムンバイに生きる女性たちの姿を活写した『私たちが光と想うすべて』はインド映画では珍しい露骨なヌードや性行為などが含まれ、実在感を湛えた女性たちの姿をスクリーンに現前させた。F・W・ムルナウの『都会の女』などを想起させる詩的な映像も美しく、映画が光の芸術であることを改めて感得させる傑作。2025年、特集上映も組まれたアンドレア・アーノルド監督による『バード ここから羽ばたく』は、厳しい家庭環境に置かれた12歳のベイリーが「バード」と名乗る不思議な中年男性と出会う。ベイリーが携帯電話で身の回りを撮影した映像を部屋の壁にプロジェクターで投影したとき、そこに小さな映画館が生起される。その映画内映画の切実さ、終盤に訪れるマジックリアリズム的な描写にも息を呑んだ。『We Live in Time この時を生きて』はいわゆる「余命もの」ではあるが、時系列をシャッフルした語り口が新しい。男女が子供を産み育てていく異性愛を軸としたプロットであっても、「クィア映画」と呼ぶに値する作品がある。フローレンス・ピュー演じる末期がんの女性が、自身の子供との間で揺れ動きながらも夢を捨てずに自己実現を目指し、懸命に生きようとする姿が胸を打つ。