三谷幸喜『もしがく』は悲劇へ向かうのか? 菅田将暉の“マクベス化”を最終回前に考察

 私たちの日常をにぎやかなものにしていたドラマ『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』(フジテレビ系/以下、『もしがく』)が、いよいよ最終回を迎える。三谷幸喜の脚本による青春群像劇にしてドタバタ喜劇の本作は、果たしてどのような着地をするのか。主人公・久部三成(菅田将暉)の変化などから考えてみたい。

 この物語の舞台は、1984年の渋谷。「八分坂」という架空の町にあるWS劇場に演劇青年の久部がやってきたことからすべてがはじまった。ここに集う個性豊かな人々とともにシェイクスピア作品を上演し、劇場再建に挑んできたのだ。そしてその過程では、笑いあり涙ありの物語が繰り広げられてきた。

 かつて主人公の久部は、劇団「天上天下」を追い出されてWS劇場に流れ着いた。いまや恋仲である倖田リカ(二階堂ふみ)やナイスガイなトニー安藤(市原隼人)たちから危険な目に遭わされそうにもなったものだが、舞台演出家としての才能を買われ、ついにはWS劇場の小屋主の地位にまで上り詰めた。いや、“上り詰めてしまった”というべきか。(それなりに)お世話になった支配人の浅野大門(野添義弘)と、その妻の浅野フレ(長野里美)を追い出すかたちになってしまったのだから。

 本作はここ数話で一気にギアを上げてきたが、とくに前回の第10話は出色の出来だった。

 この放送がはじまる前から、これが世界的な作家であるW・シェイクスピアの作品をモチーフにしたものだと分かっていた。タイトルの『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』は、『お気に召すまま』に登場する「この世はすべて舞台。人はみな役者である」というセリフからきているものだと気がついた人は多かったはず。久部がハムレットのような人物として登場し、最終的にはマクベスになることを三谷は明かしていた。

 これが果たしてどのように展開するものかと思ったが、すべてを失った久部があてもなく彷徨う姿はたしかに『ハムレット』に登場する孤独な王子のようだった。そして第10話では、1984年の渋谷を舞台にした『マクベス』が誕生。本家の『マクベス』では、「いずれ王になる」という魔女の予言にそそのかされた主人公・マクベスが、妻とともに共謀して王座に就く。『もしがく』においては、おばば(菊地凛子)が魔女にあたり、リカがマクベス夫人のポジションだ。“王=小屋主”の地位を掴み取った久部は、たしかにマクベスになったわけである。

 久部たちが支配人夫婦を追い出す展開はじつに見事だった。ふたりを追い出す口実にしたのは、フレの不正。みんなで手にした売上をちょろまかす行為は許し難いが、かといって追放までしなくてもいいのではないか。先述しているように、久部はWS劇場に拾われた身である。ここに集まる一人ひとりが、孤独だった彼の居場所をつくってくれた。フレに罵られるのも無理はない。

 このフレを演じる長野里美といえば、1980年代に巻き起こった“小劇場ブーム”において、“小劇場の女王”とも称された存在。基本的にフレは陽気なキャラクターだが、不正を暴かれた際の豹変ぶりは凄まじかった。長野の演技はスイッチが切り替わり、熱がこもる。目つきも声の質感も、それまでとはまるで違う。劇場に激情がほとばしり、誰もが思わず息を呑む。もう後戻りは許されないほど、久部が行くところまで行った証がこの一連のシーンに収められていただろう。こうした極めて重要なポジションに長野が配されているところに、かつて“小劇場の女王”と呼ばれた演技者への尊敬と信頼を感じたものである(ちなみに余談だが、菅田と長野は映画『サンセット・サンライズ』で母子を演じている)。

 王座に就いたマクベスに待っているのは、破滅であり悲劇である。憧れの蜷川幸雄(小栗旬)から称賛され、小屋主となり、リカともいい感じで有頂天になっている現在の久部は、正直なところ応援したい気持ちにはなれない。“三谷青年”がモチーフであり、“乙子=おとこ”から生まれてきたという演出助手の蓬莱省吾(神木隆之介)に滅ぼされることになるのだろうか。彼を突き動かしていたのは演劇への情熱なのだから、結末がハッピーなものであれアンハッピーなものであれ、演劇愛に溢れたものであることを願いたい。

もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう

1984年の渋谷を舞台に、脚本家・三谷幸喜の半自伝的要素を含んだ完全オリジナル青春群像劇。「1984年」という時代を、笑いと涙いっぱいに描いていく。

■放送情報
『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』
フジテレビ系にて、毎週水曜22:00~22:54放送
出演:菅田将暉、二階堂ふみ、神木隆之介、浜辺美波、戸塚純貴、アンミカ、秋元才加、野添義弘、長野里美、富田望生、西村瑞樹(バイきんぐ)、大水洋介(ラバーガール)、小澤雄太、福井夏、ひょうろく、松井慎也、佳久創、佐藤大空、野間口徹、シルビア・グラブ、菊地凛子、小池栄子、市原隼人、井上順、坂東彌十郎、小林薫ほか
脚本:三谷幸喜
主題歌:YOASOBI「劇上」(Echoes / Sony Music Entertainment (Japan) Inc.)
音楽:得田真裕
プロデュース:金城綾香、野田悠介
制作プロデュース:古郡真也
演出:西浦正記
制作著作:フジテレビ
©︎フジテレビ
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