『ばけばけ』負のイメージを反転する語りの妙 『鳥取の布団』はヘブンにどう響く?
「女はこの墓の前でふっと消えたのです」
『ばけばけ』(NHK総合)第57話が12月16日に放送された。金縛りのお祓いに大雄寺を訪れたトキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)。つきものが落ちさっぱりとした顔のヘブンに、住職(伊武雅刀)は怪談をすすめる。
ヘブンたちを苔むした墓石の前に案内した住職はおもむろに語り出す。それは、寺に伝わる話だった。
ついにはじまった。何が? 怪談である。第1話では、暗がりの中、トキが語る『耳なし芳一』の怪談にヘブンが耳を傾ける姿が映されたが、第12週でヘブンは怪談と出会い、第57話終盤でトキの言葉に耳を澄ませる。
住職が話したのは『水飴を買う女』の怪談である。初代・松平直政が松江藩主だった頃だから、1638年(寛永15年)から1666年(寛文6年)の間の出来事だ。毎晩夜更けに水飴を買いに来る女は、墓の前に来ると姿を消した。墓からは赤子の泣き声が。そこには女の亡骸と産まれたばかりの赤ん坊が横たわっていた。
「おなかに子を宿したまま亡くなった母親が、幽霊となって水飴を買いに店を訪れていた」が話のあらましだ。いたってシンプルな構成の物語だが、実在する墓所のうらぶれた雰囲気も手伝って、赤子を残して逝った母親の愛情が哀切を誘う。ヘブンは涙を流しながら「スバラシイ」と感じ入った。その横顔を見つめるトキ。
寺に伝わる怪談は一つだけで、ヘブンは「モットホシイ」とさらなる怪談を所望する。その言葉を耳にしたトキは、ヘブンに呼びかける。「怪談知っちょります」「話できます」にヘブンは「まさかこんな近くにいたなんて(和訳)」と喜ぶのだった。
怪談は「ゴースト・ストーリー」と訳される。この世ならざる幽霊と怪異の物語は、不吉で不気味だ。未練を残して死んだものの悲しみと寂しさが、うらめしさとなって生者の世界に影を落とす。そんなイメージを『ばけばけ』は反転する。望まれ、喜ばれる物語として。
ドラマや映画がないこの時代、人が語る物語は最高のエンターテインメントだったはずだ。怪談は歌舞伎や講談でも取り上げられたが、一対一のひざ詰めで直接語る形式は、もっとも原初的なストーリーテリングの形といえる。
本を見ずに「アナタノコトバデナケレバイケマセン」とヘブンが制約を課したのは、住職の語りに引き込まれたからかもしれない。真摯に物語と向き合いたいという純粋な思いの発露ともいえる。それはともかく、重要なのは、この時点で、話者と聞き手の共同作業という、後の再話文学に通じる語りの原型ができ上がっていたこと。「物語内物語」としての怪談がドラマの中心になったのが第57話だった。
トキが口を開いて語り出した『鳥取の布団』。視聴者なら察するものがあるだろう。銀二郎(寛一郎)が語り、トキが傳(堤真一)に話したのがこの怪談だった。貧しい兄弟のエピソードはヘブンに響くだろうか。
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK