『ばけばけ』が描く取り残された者たち 北川景子と板垣李光人が示す明治時代の“転換点”
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』第29話では、時代に取り残された人々の誇りと現実が交錯する。物乞いとなった母・タエ(北川景子)、職を求めてさまよう三之丞(板垣李光人)、そして彼らを見つめるトキ(髙石あかり)。明治という時代の転換点において、“家”や“肩書き”といった古い価値が音を立てて崩れていくさまが丁寧に描かれた。
物語は、街角でトキが偶然タエの姿を見かけるところから始まる。手にはわずかな銭、疲れ切った表情で人に施しを乞うタエ。その変わり果てた姿に息を呑むトキだったが、声をかける勇気が出ず、逃げるようにその場を立ち去ってしまう。家に戻っても、タエの姿を誰にも伝えられず、家に戻っても頭から離れない。彼女の中で“時代が変わる”という言葉が、これほど重く響いたことはなかった。
その夜、ヘブン(トミー・バストウ)の女中探しに奔走する錦織(吉沢亮)がトキを訪ねてくる。母親は「いい人ができたのでは」と浮き立つが、トキはあくまで冷静。錦織は世間話を続けながら本題を切り出せずにいるが、やがて口を開いたトキの言葉が印象的だ。「私は家族が好きです。だけん、家族のためにお断りしますけん」。その一言には、恋愛や出世よりも“家族を守る”ことを選ぶ彼女の信念が滲んでいたし、髙石あかりの穏やかでまっすぐな口調が、このセリフの真意をより深く響かせる。
司之介(岡部たかし)が働く牛乳屋に現れたのは、かつて織物工場の社長を務めた三之丞だった。三之丞は社長の原田に向かって「こちらで働かせてくれないでしょうか?」と頭を下げるが、その口から出たのは「社長として働きたい」という予想外の言葉。立場や肩書きに縋るようなその姿は、かつての栄光を手放せずにいる旧世代の象徴にも見える。原田に「出て行け」と叱責され、仕事を得られずに立ち尽くす三之丞の背中が痛々しい。その顛末を司之介から聞いた松野家では、皆がタエと三之丞の身を案じるが、トキはタエが物乞いをしていたことを言い出せないでいた。かつて名門と呼ばれた雨清水家。しかし、時代の波の中では“名家の誇り”など何の役にも立たない。社長職にしがみつく三之丞、路上に立つタエ。彼らの姿は、明治という時代が古い価値観を容赦なく飲み込んでいく現実を象徴しているようだった。
物語の終盤にはトキは偶然三之丞と再会し、ついにタエが物乞いをしていたことを打ち明けることになる。誰もが過去と誇りを抱えながら、それでも生き抜こうとする。第29話は、笑いも涙も少なめながら、時代の節目に生きる人々の“誇りのかたち”を静かに映し出した回だった。
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK