『ばけばけ』“母・タエ”北川景子の覚悟が胸を打つ “しじみ汁”がつなぐ親子の絆
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』第14話はこれまで冷静で毅然とした印象を保ってきたタエ(北川景子)の心情が、少しずつ変化を見せる回だった。
トキ(髙石あかり)が傳(堤真一)の看病を始めて3週間。病状は思うように回復せず、屋敷の空気には不安と焦りが漂っていた。とはいえ、そんな状況の中でも温かい時間がある。トキがおかゆを口に運ぶとき、照れたように笑う傳。その笑いが止まらなくなってしまうほどのぎこちなさに、どこか救いがあった。病の床にありながらも、人間らしい恥じらいとユーモアを失わない傳を、堤真一が柔らかく演じている。傳の笑いに戸惑いながらも、トキの顔には少しだけ安堵の色が浮かんだ。
一方で、工場の現場は逼迫していた。傳が戻るまでに経営を立て直そうと、トキやチヨ(倉沢杏菜)、せん(安達木乃)をはじめとする工女たちは休みなく働きづめの日々。仕事は細やかで、単調で、そして容赦がない。工場のリズム音が傳の寝室にまで響いてくるような、張り詰めた空気が画面全体を覆っていた。そんな中でもトキは、看病と仕事を両立させようとする。誰よりも真面目で、誰よりも自分を後回しにする彼女の姿勢が、回を追うごとに痛々しく映っていた。
ある日、夕食の支度をしていたトキが、うっかり包丁で手をけがしてしまう。小さな傷ではあったが、疲れの色を隠せないトキの表情を見たタエは自分が代わりに作ると口にする。思いがけないその言葉に、トキは驚きを隠せない。かつて“お嬢様”として育ち、料理など一度もしたことのないタエ。しじみを洗う手もぎこちなく、水加減もわからない。けれど、トキの目を気にしながら懸命に鍋をかき混ぜる。しじみが鍋の中で音を立て、湯気が立ちのぼる。その光景を見つめるトキのまなざしには温もりが確かにある。実際そうなのだが、まるで長い年月を越えて母と娘が初めて同じ台所に立ったかのような瞬間だった。
やがて、タエが作ったしじみ汁が食卓に並んだ。その夜にタエは傳に向かって「二度と母親の顔は見せまいと誓ったのに」と絞り出すように話す。長い間、心に封じてきた言葉がようやく外に出た瞬間だったのだろう。タエの声はかすかに震え、唇の端に浮かぶ微笑みは、悲しみとも安堵ともつかない。娘を思い続けた年月の重さがその一言に凝縮されており、過去を悔やみながらも前へ進もうとする決意がにじむ。北川景子が見せた母としての誇りと痛みの表情は、凛としながらも壊れそうなほど繊細で、画面の奥に深い余韻を残していた。
“しじみ汁”は何度も家族の象徴として登場したが、ここでは血縁と愛情をつなぎ直す象徴として描かれる。食卓の温もりを通して再び親子の絆を描いた第14話は、『ばけばけ』らしい優しさと痛みの入り混じる回となった。
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK