命をかけた逃亡と捜索が展開 新たな“一夜限り”の犯罪映画 『ナイトコール』のリアリティ

 ベルギー映画といえば、ダルデンヌ兄弟監督が世界的に知られている。移民や貧困者の目線で都市を描くリアリティなど、彼らは現在の周縁部やマイノリティにスポットライトを当てる映画界を牽引してきた存在だといえる。1993年生まれのミヒール・ブランシャール監督は、そんな筆致に多大な影響を受けながらも、若手ならではの疾走感と娯楽性を強調することで、『グッド・タイム』や『ANORA アノーラ』などのバランスを、ベルギーで実現させているといえよう。

 また、ブランシャール監督は長編デビューとなった本作により、ベルギーのアカデミー賞的な位置付けである「マグリット賞」の主要な4部門(最優秀作品賞、最優秀長編作品初監督賞、最優秀脚本賞、最優秀監督賞)を受賞したほか、興行的にも大きく成功している。アメリカ、イギリス、フランスの主要メディアで話題となり、一躍、有望株として注目されているのだ。

 そして本作で重要な要素となるのが、「BLM(ブラック・ライヴズ・マター)運動」だ。さまざまな地域からの移民が多いブリュッセルでは、近年の政府の厳格化と移民のさらなる増加を背景に、警察による不当な取り調べやハラスメント、偏見を持った市民による移民へのヘイトクライムが発生している状況。本作で描かれるBLM運動のもととなった黒人少年の不当な死は、架空のものであるが、同様の事件や抗議は実際に発生している。

 名物のベルギーチョコレートも、アフリカ諸国からの不平等な取り引きが問題となることがある。とくにコンゴへの歴史的な植民地搾取は、アフリカ系への構造的差別を醸成している。そう考えると、本作の主人公マディを含め、黒人にとってブリュッセルは安全な都市とは言い難いかもしれない。だから、ギャングに追われている状況にもかかわらず、頼りにしたいはずの警察までが、逆に脅威となってしまうマディの状況にはリアリティがある。

 ギャングのボス、ヤニックとして登場するのは、特別出演のロマン・デュリス。ヤニックは手慣れた方法でマディを拷問し、情報を聞き出そうとする。その威圧感と、ただ残忍なだけではない、裏社会特有の抜け目ない知性も発揮されている。そんなヤニックの下で働くものの、自分の境遇に不満の念を隠せないのが、ギャングの一員である若者テオ(ジョナ・ブロケ)だ。

 多くの都市に共通する問題だが、ブリュッセルでも経済格差は大きく、富裕層と貧困層の二極化が進行している。それは犯罪数の増加や、本作が映し出すような性産業を生み出す背景ともなっている。「どん底からは這い上がるだけ」だと父親から教わったと語るマディに対してテオは、「現実は違う」と言い放つ。「いつか底がくると思っても、沈み続けるだけだ。どんどん沈んでいく。気づいたときには、もう這い上がれない。死も同然だ」……そんな諦念は、貧困家庭に生まれ、浮上するチャンスの少ない若者の存在を浮き彫りにする。

 貧しい者、チャンスが与えられなかった者、不当に弾圧される者……。犯罪の温床を生み出すのは、そうした社会構造そのものに要因があるといえる。しかし社会問題の改善は遅々として進まず、市民の偏見も根強い。自分が助かるために誰かを犠牲にすることをマディが選択させられる構図は、そんな厳しい状況に立たされた者が、自分の良心を捨てなければならない局面にぶつかることがある“現実”をこそ表している。これがテオの語っていた、「沈み続ける現実」なのである。

 そんな負の連鎖を、はたしてマディは断ち切ることができるのだろうか。劇中で流れるのは、1963年にリリースされた、ペトゥラ・クラークの「La Nuit N’en Finit Plus」(夜が終わらない)。愛を求める孤独な人物が、寂しさと空虚感のなかで“夜を長く感じてしまう”といった内容の歌詞が印象的だ。この歌詞が本作で響くとき、それはマディをはじめ、厳しい環境に身を置く若者たちや、BLM運動で声をあげる人々の姿を自然に思い起こさせる。

 不安や貧困、差別のなかで暮らす人々の“夜”は、いったい、いつ明けるのだろうか。本作『ナイトコール』は、ブリュッセルという迷宮を舞台に、脅威から逃げようとする青年の姿をサスペンスフルに描きながら、都市の厳しい現実をも、その“一夜”のなかに浮かび上がらせた、印象深い一作だといえるのである。

■公開情報
『ナイトコール』
10月17日(金)より、新宿武蔵野館ほか公開
出演:ジョナサン・フェルトレ、ナターシャ・クリエフ、ジョナ・ブロケ、ロマン・デュリス(特別出演)
監督:ミヒール・ブランシャール
提供:スターキャット
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
2025年/フランス・ベルギー/90分/カラー/シネスコ/5.1ch/英題:Night Call/日本語字幕:星加久実
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公式サイト:https://cinema.starcat.co.jp/nightcall/

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