“史上最短”の映画化はいかに世界を掴んだ? 『8番出口』川村元気監督が語る大ヒットの裏側

 8月29日の公開から28日間で興行収入40億円を突破するなど大ヒットを記録している二宮和也主演映画『8番出口』。カンヌ国際映画祭、トロント国際映画祭、釜山国際映画祭など世界各国の映画祭に正式招待され、さらにはNEON配給による北米公開も決定するなど、日本のみならず海外での注目度も高まっている。そんな本作の大ヒットを記念して、監督を務めた川村元気にインタビュー。川村監督と親交のある映画ジャーナリストの宇野維正を聞き手に迎え、公開後だから話せる秘話を含め、たっぷりと語り合ってもらった。(編集部)

「ツカミの部分は一番勝負をかけていたところ」

(左から)宇野維正、川村元気

ーー『8番出口』、大ヒットおめでとうございます。

川村元気(以下、川村):ありがとうございます。とても嬉しいです。

ーー同じ東宝配給とはいえ、『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』(アニプレックスと共同配給)と『国宝』が空前のヒットとなっている真っ最中での公開ということで。特に6月公開の『国宝』に関しては、夏が終わってもこんなことになってることは想定できなかったと思うんですけど。

川村:そもそも、8月公開には到底間に合わないだろうというところから、この企画は始まったんです。

ーーゲームがリリースされたのが2年前の年末ですもんね。

川村:はい。そこから1年足らずで撮影に入ってるんで。自分としては『電車男』や『モテキ』以来のスピード感でした。

ーーそっか。このスピード感も経験済みということなんですね。

川村:危うさもありますが、そういう勢いで作った時に出るパワーみたいなものもあると思っています。平瀬(謙太朗)君と一緒に脚本を作って、そこに二宮(和也)君に参加してもらったのが去年の春ぐらい、撮影が11月からだったので、そもそも今年のカンヌには絶対に間に合わないスケジュールだったんです。ところが、カンヌ映画祭のプログラムディレクターのクリスチャン・ジュンヌから「CGは未完成でいいから出してみてほしい」と励ましてもらって。ギリギリまで追い込んで出したら正式招待作品に選んでもらえた。それで映画祭までに必死で完成させて、滑り込んだのが8月29日の日本公開で。

川村元気

ーー信じられないようなスケジュール感で。もちろんゲームが世に出てから動き出したわけで、そう考えると、きっとゲームが世に出てから映画化されるまでの史上最短記録ですよね。

川村:そうかもしれません。あと、カンヌでよく言われたのは、ビデオゲームの映画化で正式招待された作品は初めてじゃないか? と。

ーーでも、それっていかにもフランスの映画人らしい視点ですね。自分が普段仕事している、そして川村さんもそこに属している映画の世界って、劇場公開のマーケットで比べればビデオゲームの5分の1以下なのに。ビデオゲームに対して映画に優位性があるとしたら、客観的には歴史の重みくらいかもしれません。

川村:そもそも映画とゲームは、メディアとしてまったく違うと思います。映像があって、音楽があって、みたいな共通点はあるんですけど、ゲームはそれぞれのプレイヤーが主人公でもあり、プレイヤーごとに物語や感情の捉え方が異なる。そう考えると、本来ゲームの映画化というのは相性が悪いものだと思うんです。

ーー映画は基本、客観視点ですからね。

川村:僕が物心ついた時には『スーパーマリオブラザーズ』があった、生まれてからずっとゲームと一緒に育ってきた世代でもあるので。その相性の悪さには気づいていたんですけど、だからこそ興味があったんです。以前、任天堂の宮本茂さんと対談させていただいたことがあって、その時に『いいゲームは遊んでる人だけが楽しいんじゃなくて、遊んでる人を後ろから見てるのも楽しいものだ』とおっしゃっていて、すごく腑に落ちたんです。今思えば、ゲーム実況隆盛の時代を予言されているような言葉だったなと。

ーーこういう時代がくるのを宮本さんは予見していた。

川村:だから、自分自身がプレイすることに加え、他人がプレイするのを見るという、ゲーム体験全体を映画にできないかと考えた。まず映画をプレイヤー目線で楽しめるようにーーこれは公開前のプロモーションでは言えなかったことなんですけどーー映画の冒頭はPOVの手法で始まる。その後、あるポイントでまた別のゲーム体験が始まる。つまり、気がつけば自分がゲームをしている体験から誰かが遊んでるゲームを後ろから見る体験へと移っていく。それを映画というメディアで表現すると、ユニークな映像体験が生まれるんじゃないかと思ったんです。

ーー最初に試写で観た時に簡単な感想をメールでお伝えしましたけど、お会いした時に改めて言わなきゃと思っていたのは、そのPOVかつ、ワンカットで撮られたように見える冒頭10分の素晴らしさで。それこそ、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』が大ヒットした1999年から、最近だと『シビル・ウォー アメリカ 最後の日』のクライマックスの戦闘シーンまで、POV的手法はすっかり映画の世界でお馴染みの手法になってるわけですけど、そして、それはビデオゲームからの影響も大きいと思うんですけど、『8番出口』の冒頭はそこに映画的な興奮があったんですね。しかも、日本を舞台にした日本の映画でそこに到達しているということにとても嬉しい驚きがあって。

川村:この作品を作る上で、あのツカミの部分は一番勝負をかけていたところで。これも公開されたからやっと言えるんですけど(笑)、あの車内や駅や改札や階段は、東京メトロさんの全面協力のものと、本物の地下鉄で撮っています。ここまでは現実でここからはゲームみたいな感じには絶対にしたくなくて、溝口健二の『雨月物語』のような、主人公も観客もまったく気づかないうちに別の世界に入ってしまうという表現がやりたかった。その上で、あの現実のロケーションで撮ったツカミのシーンはとても大切で。ワンシチュエーション映画というと、『キューブ』(1997年)みたいな“目が覚めたらそこにいました”的なものをイメージする人も多いと思うんですけど、その前の現実をいかに撮るかということにはすごくこだわりました。

ーーアイデアだけの一点突破映画じゃないというのが『8番出口』の重要なところだと思うんですけど、まさにあのシーンは技術がアイデアに追いついて、さらに追い越していると思いました。それが冒頭にあることで、映画としてのかましにもなってるっていうか。

川村:二宮和也主演と謳って、最初の10分、二宮君の顔が映らないで大丈夫なんだろうか、みたいなことは少し不安にもなったのですが、観客にも映画館のスクリーンだったら待ってもらえるんじゃないかなって。

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