『あんぱん』は最終話でなぜ“死”を描かなかったのか 「賜物」ともシンクロした命への覚悟

 登場人物の死をドラマの展開に使うことは当たり前のようだったドラマ史。この当たり前は本当に当たり前なのだろうか。もちろん死を真剣に探求した作品もある。その一方で、視聴者の興味を引くために死の場面を入れることに少し麻痺した感覚もあるのではないか。

 『あんぱん』もともすれば、史実の暢の死を興味の対象に用いることもできたはずだ。でもそうしなかった。さらにいえば、先述した3人の母の死も描かなかった。羽多子と登美子がのぶといっしょに晩年高知に旅行に行き、のぶが千代子も交えた3人の写真を撮り、それが思い出として飾られている「写真死」として描かれた。

 人気キャラの最期をしっかり描いてほしいと願う声も散見されるが、そんなに死が見たいだろうか。わたしたちは見たくないほどの死の報道に触れている。自分たちだって度重なる災害で、いつどうなるかわからないのだ。物理的な死以外でも経済的な死の恐怖が押し寄せている。

 戦争の不安だってある。第129話で難民キャンプに取材に行く蘭子(河合優実)が「世界中のどこかでいまも戦争が続いているからみんなに関心をもち続けてほしいんです。ひとごとでなく自分のこととして」と語っていたが、ひとごとにはもはや思えないところに来ていると思う。ドラマで他者の死を見て、カタルシスを得ている場合ではないのかなと思うのだ。そんな現状を表しているのが『あんぱん』だったのではないか。そして、限られた命を懸命に生きていくしかないし、絶望に追いつかれない速さで走りきるしかない、そんな瀬戸際の覚悟を感じるドラマであった。

 難民キャンプに取材に行く蘭子は、八木(妻夫木聡)から誕生日に指輪をもらう。この返事は取材から帰ってきてからと言って(ほぼOKという顔で)蘭子はスーツケースを持って旅立っていく。もしかしたら、蘭子がこのまま帰ってこないのではないか。そんなふうに想像できる。というのは、彼女を形成する要素に向田邦子がいるからだ。

 直木賞作家となってますます将来を嘱望されていた矢先、飛行機事故で命を落とした伝説の作家。やなせたかしとも交流があり、ドラマに登場しない分、映画ライターをやっていたことなどが、蘭子の要素として盛り込まれた。向田邦子もまた不意に終りを迎えて無念だったとは思うがそこまでとことん命を燃やし尽くして生きた作家だった。

 中園ミホの書くものには時々、ふっとこういう乾いたハードボイルドな感じを受けることがある。登美子が最後まで殊勝な人物にならなかったところも含め、たくましいなと思う。

 中園ミホが愛読している向田邦子のエッセイ『手袋をさがす』で向田は「現代では往生際の悪い女を悪女という」という石川達三の一節の大意を引いている。そういうカッコよさを中園ミホの脚本に感じた。ただ、のぶがスカウトした中尾星子(古川琴音)のエピソードは特別編ではなく本編で描ききってほしかった。

参照
※ https://diamond.jp/articles/-/372121

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』特別編
NHK総合にて、9月29日(月)~10月2日(木)(全4回)23:00~23:25放送
9月29日(月)第1回「健ちゃんのプロポーズ」(15分)主人公:辛島健太郎(高橋文哉)
今田美桜、髙石あかり対談(10分)
9月30日(火)第2回 「メイコの初舞台」(15分)主人公:辛島メイコ(原菜乃華)
河合優実×原菜乃華×高橋文哉×大森元貴による座談会(10分)
10月1日(水)第3回「男たちの行進曲」(15分)主人公:いせたくや(大森元貴)
今田美桜×北村匠海による対談 前編(10分)
10月2日(木)第4回「受け継ぐもの」(15分)主人公:中尾星子(古川琴音)
今田美桜×北村匠海による対談 後編(10分)
写真提供=NHK

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