『べらぼう』渡辺謙から横浜流星へ託された想い 蔦重VS松平定信、“似た者同士”の闘いへ

 一方で、妻・てい(橋本愛)は定信が示す寛政の改革を「至極真っ当なことを言っているように思います」と評価する。もちろん、蔦重はすぐさま反発。同じ屋根の下に住む夫婦でさえこれほどに意見が分かれるのだから、「正しい世」に絶対的な正解はないのだろう。

 倹約に励むのも行き過ぎれば「一生遊ぶな、贅沢するな」となるし、派手に遊び回るのも度を越せば「身を持ち崩す」ことになる。何事もバランスが肝心だが、そう上手くはいかないからこそ人生は難しい。

 「我が心のままに」と生きた源内も、最終的にはその「わがまま」に首を締められたとも言える。しかし、その自由の翼をもがれては、どこに人生の意味があるのか。ましてや厳しい身分制度に縛られた江戸の人々にとって、本や歌といった一時の娯楽こそが現実から逃れる唯一の時間。それを取り上げられて、どうやって笑えるのか。

 だからこそ蔦重は抗う。商売人としては最悪の選択だと分かっていても、定信を持ち上げ、田沼をこき下ろす本を出すことなどできない。「我が心のままに」動かずにはいられないのだ。あの日、「この世はおかしい」という声を届けようと打ちこわしに突き進んだ新之助(井之脇海)のように。

 その心意気に焚き付けられ、南畝も「屁だ。戯れ歌ひとつ読めぬ世など屁だ」と絶筆を撤回する。蔦重の作家たちが「屁! 屁!」と叫びながら部屋を練り歩くと、そこにていまでが加わる光景は実に微笑ましかった。このていの柔軟性がきっとどんな時代の変革期をも生き抜くヒントなのかもしれない。

 蔦重のブレない信念の強さも、行き過ぎれば定信と同じこと。意次か、吉宗か。憧れの対象こそ異なれど、「この人だ」という人に忠実で、純粋で、頑固で、そして実行力がある。そういう意味では、この2人実は似たもの同士なのかもしれない。

 だからこそ、危ういというのも似ているところ。蔦重の手によって、発売された朋誠堂喜三二(尾美としのり)の『文武二道万石通』、恋川春町(岡山天音)の『悦贔屓蝦夷押領』、山東京伝(古川雄大)の『時代世話二挺鼓』。いずれも一見、田沼を下げ、定信を上げるように思わせて、実は寛政の改革が進む世相を穿つというものだった。

 しかし 蔦重が見誤ったのは、定信が読書家でありこっそりと黄表紙もチェックしていた「通」だということを。定信がこの本たちの本質を見逃すはずはない。きっと「宣戦布告」と取られることだろう。これは蔦重と定信による新たな喧嘩。できることなら、誰も捕まらない、誰も死なない。そんな蔦重が自ら示したような「カラッとした江戸っ子の喧嘩」になってほしいものだが、果たして……。

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
NHK総合にて、毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00〜放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

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