北村匠海が出演作ごとに大きな進化 『あんぱん』で見事に立ち上げた“やなせたかし”像
放送中の「朝ドラ」こと連続テレビ小説『あんぱん』(NHK総合)は、いよいよ佳境へ。これは『アンパンマン』の生みの親となった夫婦をモデルに、ヒロイン・のぶ(今田美桜)と、その夫である柳井嵩(北村匠海)の激動の生涯を描いていくものだ。
時代を超えて日本中で愛され続ける作品とキャラクターの誕生の背景に、私たちはこのドラマをとおして触れてきた。そしていままさに、あの『アンパンマン』が生まれようとしているところである。ここではこの物語の先頭を走り続けてきた北村匠海の存在にフォーカスしてみたい。
いまさら説明は不要だと思うが、北村が演じる柳井嵩は、漫画家・やなせたかしをモデルとしたキャラクターである。つまり実在の人物だ。これまでありとあらゆる役どころを演じてはものにしてきた北村だが、今作ならではのプレッシャーや苦労があったことは想像するに難くない。初回からその再現度の高さが話題となったが、ここまで長い時間をかけ、自身が演じるからこそ生まれるキャラクターを提示し続けてきた。
この作品の真の主人公はヒロイン・のぶだが、嵩の存在は“主人公の相方”にとどまるものではない。のぶがいるからこそ嵩は存在し、嵩がいるからこそのぶが存在する――そういった関係性や状況を北村は今田とともに作り上げてきた。『東京リベンジャーズ』シリーズ(2021年〜2023年)でも同じような関係性を演じていることも大きく影響しているのかもしれない。
のぶが「ハチキン(=男勝りな女性のこと)おのぶ」などといわれるのとは対照的に、嵩は幼い頃から物静かで控えめな性格。今田の声や表情が快活なのとは異なり、北村の感情表現は決して豊かだとはいえない。かなり意識的に抑えているのだろう。いや、丁寧にコントロールしているというべきか。
事実、私たち視聴者は嵩の心の機微に確実に触れられているだろう。声のトーンはあまり変わらずとも、心情の変化に合わせてそのリズムは変わる。パッと見の表情の変化が乏しくとも、たしかに表情筋は動いている。嵩の内面の変化がどのように顕在化するのかを、私たちの誰もが知っているだろう。“北村匠海=柳井嵩”が成立している証である。長い時間をかけなければ実現しなかったはずだ。
『あんぱん』では心優しいキャラクターを立ち上げてみせた北村だが、映画シーンではその真逆ともいえる役どころをこの2025年は演じている。
主演を務めた『悪い夏』は“クズとワルしか出てこない”がキャッチコピーの作品で、北村はマジメな公務員が極限状態に追い込まれ、やがて闇堕ちしていくさまを妙演。本作の封切り直後に『あんぱん』の放送が開始したものだから、その表現力の振れ幅の大きさに驚くのと同時に、なかなかに複雑な気持ちになってしまったものである。続いて公開された『金子差入店』で演じているのは、凶悪な殺人事件を起こした青年役。エンタメ性の高い『悪い夏』とは毛色の違う作品で、同じく悪人は悪人でもまるでタイプが違う。質感も方向性もまったく違う。『あんぱん』の嵩と対極にあるのは、この青年かもしれない。
そして、この秋に公開される『愚か者の身分』では、危険すぎる闇バイトに手を染める主人公を演じている。エンタメ寄りではあるものの、恐ろしい作品でもある。林裕太や綾野剛らとともに、演技者としての魂のぶつけ合いを実現させているため必見だ。これまで年に一度くらいのペースで自身の代表作を更新してきた北村だが、今年は出演作ごとに大きな進化を遂げているように感じる。彼の新たな代表作のひとつとなった『あんぱん』が終われば、私たちは“北村匠海=柳井嵩”とサヨナラをしなければならない。けれども次なるステージには、また新しい俳優・北村匠海が待っている。あともう少しだけ、心優しい嵩との交流を大切にしようではないか。果たしてどんな『アンパンマン』が生まれるのだろうか。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK