女性たちの命を懸けた想像も絶する闘い Netflixシリーズ『エマ』が描いた激動の韓国社会

 Netflixドラマシリーズ『エマ』は、韓国の官能映画『愛麻夫人』の創作過程をモチーフに、華やかな映画業界の裏に隠された女優たちの現実をコメディを交えて描いた意欲作だ。『愛麻夫人』は、1982年の大ヒット作で、シリーズで13作まで制作された韓国の成人映画の代表作だという。

 演出と脚本を務めたのは、映画『毒戦 BELIEVER』のイ・ヘヨン監督。初のドラマ演出作である。過去作に草彅剛も出演したことで話題を集めた『ヨコヅナ・マドンナ』(2006年)があるが、同作を演出中にすでに『エマ』を考案していたとか。

 ドラマの舞台は、1980年代のソウルの忠武路(かつて韓国の映画産業の中心地だった)。1980年の幕開けとともに「もう脱がない」と宣言したトップ女優ヒラン(イ・ハニ)に代わり、新人女優ジュエ(パン・ヒョリン)が官能映画『愛馬夫人』に主演すると決まるところから物語は大きく動き出す。

 全6話でさくっと楽しめる、ちょっとエロティックなコメディドラマと思って観始めたが、観進めていくとそうではなかった。時代性や社会問題をエンタメ化するのは韓国ドラマの得意とするところ。本作も、当時の映画制作の裏側を単に描くのではなく、舞台となる1980年代の時代性を絶妙に取り入れ、現代の社会問題をも浮き彫りにする。

 韓国は、1963年から1988年までの約25年間、軍事独裁政権だった。1979年に朴正熙(パク・チョンヒ)大統領が暗殺され、その後、全斗煥(チョン・ドゥファン)が軍事クーデターを起こし1980年に大統領に収まった。

 映画『タクシー運転手〜約束は海を越えて〜』(2018年)などで描かれた、庶民に銃が向けられた光州事件は、全斗煥が大統領になる過程で起きた。結局、前政権と同じような(ある面ではそれ以上に厳しい)暗黒の時代となっていくのだが、この物語が始まる1981年頃は時代の変化に期待する市民が多かったのだろう。劇中には「新しい時代が幕を開けた」というようなセリフが何度も出てくる。

 全斗煥大統領は、政治に目を向けさせないよう、「3S政策」にも力を入れた。本作の冒頭でも触れられている「SCREEN(映画)」「SEX」「SPORTS」の振興である。80年代は検閲もあったが、政策として成人映画制作が奨励されていたという。

 そんな時代の中で誕生したのが『愛麻夫人』だった。ドラマはあくまでもフィクションだが、描かれる制作の裏側の騒動はリアルに迫ってくる。年々積み重なってきたヒランの映画業界への不信感と反発心は、新人女優ジュエとの関わりによってさらに大きなものになっていく。向かうは男性中心社会。そのバックには軍事独裁政権の強大な権力と抑圧がある。コメディタッチに描かれる場面もあるが、実は命を懸けた想像も絶する闘いなのだ。

 ヒランを演じたのは、痛快な役柄が板についている『ワン・ザ・ウーマン』『夜に咲く花』のイ・ハニ。当時の韓国映画はアフレコで、独特の話し口調だが、それに似せたセリフ回しがいいアクセントになっている。エロティックなのに、凛として清々しい。新たなタイプのガールクラッシュである。

 ヒランの前に立ちはだかる映画会社の社長ジュンホに扮するのは、イ・ハニと『エクストリーム・ジョブ』でも共演している実力派俳優チン・ソンギュ。本作では、下ネタバリバリで利益に目ざといクズ男を作り込んで演じている。途中ふと我に帰る表情を見せるシーンも見せ場だが、ジュンホが最後まで下劣なヤツであったことが、ヒランの凛々しさをより際立たせていた。

 一方、ジュエを演じたパン・ヒョリンは、オーディションで選ばれた新人女優。独立映画の主演作がいくつかあり、「忠武路の新星」と呼ばれているそうだが、劇中のジュエと重なるようにも感じられる。みずみすしくも堂々とイ・ハニ演じるヒランと張り合う姿が目に焼きつく。

 そんなヒランとジュエがどう連帯していくかが、本作の大きな見どころである。未視聴でネタバレ厳禁の方はここの一節は読み飛ばしてほしいが、2人が馬に乗ってソウルの大通りを逆走する終盤の展開は痛快だった。『愛麻夫人』の乗馬シーンへの皮肉でもあり、荒唐無稽のようにも見えるが、これぐらいわけのわからないことをしなければ、強固な既成勢力を打ち破ることはできないのかもしれない。

 劇中のジュエは仮名だが実在の女優で、監督は本作を制作するにあたり最もインスピレーションを受けたのは、原作映画の『愛麻夫人』のヒロインを務めた女優アン・ソヨンだと言っている(ちなみに、最終回の授賞式のシーンで前年度の受賞者として登壇する女優を演じたのがアン・ソヨン)。

 ドラマの最後の最後、ジュエは飛行機から夜の街を見下ろす。変わらず闇の街が広がっていると受け取るか、少なくとも翼を得たと見るか。今に続く問題だと語りかけているようなラストシーンも味わい深い。

■配信情報
『エマ』
Netflixにて独占配信中
Cho Wonjin/Netflix © 2025 Netflix, Inc.

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