『べらぼう』が問う“何のために生まれたのか” “誰かのために”生き抜いた新之助の最期

 それぞれが生まれの呪縛に抗う中で、新之助と治済らの違いといえばただひとつ。新之助が「生まれた意味」を「自分のため」ではなく「誰かを守るため」に求めた点だ。本来はふくととよ坊を守ることがすべてだった。しかしそれが叶わなかった今、彼は使命感を「社会」に広げた。同じ時代を生きる市井の人々を守るために。

 その思いは「お救い銀」という形で幕府に届く。さらに毒牙にさらされた蔦重の身代わりとなることで、新之助は生まれた意味をついに手にする。「俺は世を明るくする男を守るために、生まれてきたのだ」と。絶命の瞬間、微笑んだようにも見えた表情が胸を締めつけた。

 きっと「何のために生まれたのか」という問いに、明確な答えなどないのだろう。奇跡が重なって命が生まれ、その灯が消えるまで生を全うする。そこに意味を見出そうとするのは、おそらく人間だけなのだ。儚い命を生き切る。その瞬間の美しさに気づかせてくれたのが、歌麿(染谷将太)の写生絵だった。

 思わず「生きてるみてぇだな」と呟いた蔦重の暗く沈んでいた瞳に光が差す。そこに歌麿は「絵っていうのは命を写し取るようなもんだなって。いつかは消えていく命を紙の上に残す。命を写すことが俺のできる償いなのかもしれねぇって」と、「ならではの絵」によってできることを見つけたのだと語った。

 かつて蔦重が命を救った歌麿の絵に、今度は蔦重が救われる。暴徒と化した民衆に「お救い銀」の言葉が届いたのも、富本斎宮太夫(新浜レオン)の美声があったからこそ。蔦重の「工夫」がなければ、より深刻な悲劇に発展していたかもしれない。

 やはり蔦重が積むべき功徳とは、人々に「笑う余裕」をもたらすことだ。命はただ生まれて消えていくもの。けれど、その命の輝きを音楽、歌、絵や文といった様々な形に昇華することで、その煌めきを膨らませ、多くの人と共有することができる。そして、その眩しいほどの輝きが、自分の力ではどうしようもないしがらみや呪縛で苦しい日々を生きる人たちの人生を照らす光になってくれる。

 このとき歌麿の描いた『画本虫撰』に、数百年の時を経て今も人々を楽しませているように……。今回のサブタイトル「演太女(エンタメ)の功徳」には、そんなエンターテインメントに対する希望が込められているように思えた。

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
NHK総合にて、毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00〜放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

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