『あんぱん』『てるてる家族』『ひよっこ』、「見上げてごらん夜の星を」と朝ドラの深い縁

 朝ドラことNHK連続テレビ小説『あんぱん』が第20週の金曜日に100回を迎えた。第100話では、のぶ(今田美桜)が懐中電灯を手に透かし、それを見た嵩が「手のひらを透かしてみれば真っ赤に流れるぼくの血潮」というフレーズをつぶやく。のちの名曲、やなせたかしが作詞し、いずみたくがが作曲した「手のひらを太陽に」の誕生を想起させるものだ。

 漫画ではなく、嵩の詩の才能にフォーカスが当たりはじめる。この回、いせたくや(大森元貴)が嵩の漫画のセリフに詩心を感じて作詞をしないかと誘うが、この時点では嵩は漫画を描くことに拘泥していて、作詞には興味を示さない。のぶは、人を喜ばせるのは漫画に限らないと助言するが……。

 嵩のモデルのやなせたかしは、『アンパンマン』によって大ヒット作家として歴史に残る人物である。だが、やなせたかしを漫画家と認識する者は多くはないのではないだろうか。絵本作家というほうがしっくりくる。絵と詩的な文章の組み合わせがやなせたかしの持ち味だ。

 嵩自身は気に入り、のぶ(今田美桜)も好きだというがいっこうに評価されない『メイ犬BON』は4コマ漫画形式になっているが、漫画的なユーモアという観点から見ると、この作品が優れているのか判断しかねる。昭和30年代のおもしろさや巧さの価値観はわからないが、当時、『鉄腕アトム』など手塚治虫の漫画が人気だったと思うと、やなせのオーソドックスなスタイルは埋もれてしまっていたのではないかと推察できる。

 ユーモアというよりも「あなたがゲッソリしてもう死にたいと思うとき、あなたをどうしても微笑させるのが生きがいです」と『メイ犬BON』で書いているフレーズのような、ちょっとエモいもののほうが印象に残る。たくやは嵩の書くセリフを「かなしくてあったかい」と評する。この持ち味が生きるのは漫画より絵本だったのだろう。

 漫画を描きたいけれど思うようにはいかない嵩。でもたくやや六原(藤堂日向)という天才たち(モデルはいずみたくと永六輔)は嵩に自分たちと同じ何かを感じて、声をかけ続ける。たいていの人は目に見えて売れてきた事実でしか才能を認識できないが、才能のある者たちはかすかな萌芽を感じとることができる。でもその萌芽はほんとうに繊細なものだから、花が咲くまでに諦めてしまうこともあるものだ。

 嵩――やなせたかしは、もともとポテンシャルもあり、なんだかんだで諦めず、粛々と絵関連の仕事を続けていた結果、『アンパンマン』が生まれたのだろう。ドラマの嵩はひじょうに自己評価が低いが、やなせたかしは本人の手記などを読むと、生意気だったようで、根拠なき自信を失わず、信念を貫く愚直な人物だったのかなという気もする。長生きだし、著書も多いし、『アンパンマン』のキャラはギネスに載るほどの膨大な数を生み出している。三越に勤めながら副業で3倍稼いで、部長の収入よりも多く、妻の収入も合わせたとはいえ一軒家を建てた。彼の生活力は旺盛だ。極めてエネルギーに満ちあふれた人だったのだと思う。ただしナイーブな面も持っていて、それが作風に現れている。

 やなせたかしはきっと戦後のがむしゃらで猛烈な生き方をした人で、ドラマではそれを現代的な若者像に置き換えて、自己評価の低い、先が見えないなかで冒険はしないで、でも夢を諦めきれない人物に造形されているようだ。本業だけでは食えないから副業したり、いろんなことをやったりしていくなかで、いろんな才能と交流し、やがてそこからひとつ突出するものを見つけだす。大事なことは、やめずに続けること、そんなことが嵩の生き方から浮かんでくる。

 さて。第20週で、いせが作曲、六原が脚本、演出し、嵩が舞台美術を担当したミュージカルは『見上げてごらん夜の星を』だった。昭和の名曲をテーマソングにしたミュージカルは、実際に1960年に上演されていた。星空の下で勉強する若者たちの物語でいずみたくが永六輔と作り、やなせが舞台美術を手掛け、伊藤素道とリリオリズムエアーズが出演している。ドラマでは、定時制高校に通う男5人と昼間の高校に通う女性ひとりが勉強とはなにか働くとはなにかなぜ夜なのかなぜ昼なのか考えながら青春をおくる物語をミュージカル仕立てにしたものとなっている。実際どうだったのか。現存するいずみたくが1977年に創ったミュージカル劇団・イッツフォーリーズがリメイクして上演したものが配信されていたので観てみた。高度成長期の日本を舞台に、夜間高校に通う生徒たちの物語であった。リメイク版では、いずみたくと永六輔がミュージカルを上演したかったのかというサブストーリーが加わっている。いずみたくと永六輔は「つくった人間の名前なんて忘れられてもかまわない」長く歌い継がれる曲をつくろうとしたと冒頭で語られることにぐっときた。

 夜間の学校に通う若者たちが夜、星を見上げることになぞらえている。そうすると、「見上げてごらん夜の星を」は歌の印象がまた変わってくる。

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