『あんぱん』に登場する『見上げてごらん夜の星を』を解説 日本ミュージカル史の第一歩に
8月13日に放送されたNHK連続テレビ小説『あんぱん』第98話では、のぶ(今田美桜)、蘭子(河合優実)、メイコ(原菜乃華)が談笑していた柳井家に突然、いせたくや(大森元貴)と六原永輔(藤堂日向)がやってきた。嵩(北村匠海)に会いに来たという彼らは、ミュージカルをつくるにあたって、嵩に舞台美術をお願いしたいという。
嵩のモデルとなっているやなせたかしと、藤堂日向演じる六原永輔のモデルである永六輔、大森元貴演じるいせたくやのモデルとなるいずみたくは、実際に1960年(昭和35年)にあるミュージカルを制作する。そのミュージカルこそ、第20週のタイトルにもなっている『見上げてごらん夜の星を』である。
このミュージカルは、小さな町の小さなある定時制高校が舞台。そこには太陽の下で働き、星空の下で学ぶ7人の仲間がいた。ある日、ある青年の机の中に女学生からの1通の手紙が入っていた。彼女は昼間、青年の机に座って勉強しているのだ。この手紙と女学生をめぐって、7人の仲間が入りみだれ、ストーリーはユーモラスに展開してゆく。7人の夜学生と共通の“ガールフレンド”となった女学生は、やがてサイクリングにいったり、一緒に勉強したりと交流を広げていく。そして「なぜ勉強するのか?」「なぜ働くのか?」といったテーマを追求しながら場面が展開していく。いずみは本作で初めてミュージカルの楽曲を手がけ、台本・演出を日本ではなじみの薄いミュージカルを広めようと、いずみに企画を持ちかけた永が務めた。
1960年の初演で主演を務めたのは、ハワイアンやジャズ、ポップスなどの洋楽をレパートリーとしてリリオ・リズム・エアーズというグループを率いていた伊藤素道。当時のスターは1人も出ていないにもかかわらず、作品は人気を獲得し大阪に続いて、翌年には東京でも上演された。
「見上げてごらん夜の星を」というフレーズをみると、坂本九の歌声が頭に浮かんでくる人も多いことだろう。坂本は1963年に同名ミュージカルの主演を務め、同名の映画にも主演しているのだが、実はこちらの方が再演。そしてミュージカルのテーマソング「見上げてごらん夜の星を」が坂本の歌で大ヒットしたのである。このミュージカルは1973年、1979年、2012年に再演されている。
それまでCM音楽などを手がけていたいずみはこの作品をきっかけにミュージカルの魅力にハマったようで、1963年再演版プログラムには、「ミュージカルには必ずテーマ曲がある。そのテーマ曲が、その場面に応じて、色々な唄い方をされる所に一番ミュージカルの面白さがあるのではなかろうか。(中略)それが流行歌やポピュラーソングを作曲する場合と大変に違う面白さである」と書き残している(※1)。そして、劇団四季の作品をはじめとしたさまざまなミュージカルを制作した。
『あんぱん』ではいせと嵩が以前からの友人で、いせが六原を嵩に紹介する形でストーリーが進んでいくが、史実としては永がいずみとやなせを引き合わせたよう。意気投合したいずみとやなせは1973年からは毎月ひとつずつ、みんなが気軽に歌える歌を作ろうと、「0歳から99歳までの童謡」シリーズの制作を開始。その中の1曲が「手のひらを太陽に」である。また、『アンパンマン』もアニメ化される前の1976年に『怪傑アンパンマン』としてミュージカル化され上演(※2)。その後も『アンパンマン』シリーズのミュージカル作品をやなせといずみのタッグでいくつか制作している。
やったことのない舞台美術に尻込みしている嵩は、のぶに説得されて稽古場に赴いたが、六原のクセ強めのキャラクターにさらに腰が引けてしまっている様子。口を開けば「このままじゃダメだ」と言っているのになかなか一歩を踏み出せない。だが、ここは史実においては、「困った時のやなせさん」としてやなせの名が広がっていく時。果たして嵩はどうやってこの苦境を打開していくのだろうか。
参照
※1. https://www.allstaff.co.jp/as/index-1-miagete1960.html
※2. https://www.allstaff.co.jp/as/index-1-bokuuta.html
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK