“伝説のビデオショップ”のVHSを盗み出せ! 映画愛に溢れた『キムズビデオ』がヤバすぎる

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。今週は、VHS世代の小野瀬が『キムズビデオ』をプッシュします。

『キムズビデオ』

 Netflixをはじめとするサブスクリプションサービス全盛の今、「ビデオ」という言葉を知ってはいても、「VHS」というものを知らない・見たことがない方はかなり多いのではないだろうか。

 筆者はまだ、VHSが一般流通されていた世代の人間。映像系の学校に通い、暇さえあれば“レンタル落ち”したVHSを扱うビデオショップに通い、ジャケ買い。誰もが知る大作から隠れた名作、尖りすぎた珍作まで、100以上のVHSを所持していた。ビデオショップの棚を眺める時間が楽しかった。あれはまさに“宝探し”だった。

 今回紹介する映画『キムズビデオ』は、そんなビデオショップをめぐる物語。ただし、そのスケールと情熱は、常軌を逸している。舞台は、かつてニューヨークに実在した伝説のレンタルビデオ店「キムズビデオ」。そのコレクションは、なんと5万5000本。しかも世界中からレア物が集まっていたという。海賊盤も堂々と置いていたというところが、“当時”の空気を感じる。コーエン兄弟のような映画人も通い詰めたというから、ただのビデオ屋ではない。そこは、映画を愛する人々の“聖地”であり、カルチャーの発信地だったのだ。

映画『キムズビデオ』予告編

 しかし、時代はレンタルビデオから配信へ。「キムズビデオ」も閉店を余儀なくされる。だが、話はここで終わらない。オーナーのキムは、その膨大なコレクションを、イタリア・シチリア島のサレーミという村にすべて寄贈することを決める。「映画文化のために大切に保管します」という村の申し出を信じて。

 ところが、本作の監督であり、「キムズビデオ」の元会員だったデイヴィッド・レッドモンが数年後、そのビデオたちの行方を追ってサミーレを訪れると、信じがたい光景を目にする。5万5000本のビデオテープは、劣悪な環境で放置され、朽ち果てるのを待つばかりだったのだ。監督は、ここからとんでもない行動に出る。なんと、ビデオテープを盗み出すという、前代未聞の奪還作戦を計画し、実行してしまうのだ。カーニバルの夜に「映画の撮影だ」と周囲をダマし、ヒッチコックやチャップリンといったの映画スターに扮した人間たちが倉庫からビデオを運び出す。もう、ドキュメンタリーなのか何なのか分からない、めちゃくちゃな展開。観ていて、ドキュメンタリーなのか仕込みなのかわからなくなる瞬間が何度もあった。

 この映画の面白いところは、この無茶苦茶な“奪還作戦”を、まるで一本の娯楽映画のように見せてしまうところだ。法や常識なんておかまいなし。ただ「大切な映画たちを救いたい」という、純粋すぎる情熱が暴走していく様は、呆れるのを通り越して、なんだか清々しい。

 ここ数年で、私たちの映画体験も大きく変わった。スマホやテレビで、いつでも好きな映画が観られるのは確かに便利だ。だが、昔ながらのレンタルビデオショップで、ジャケットを眺めながら「今日はどれにしようか」と悩んだ時間には、特別な、ワクワクするような感覚があった。なんとなく手に取った一本が、一生忘れられない作品になったりもした。

 『キムズビデオ』は、そんな「モノ」として映画に触れることの楽しさや大切さを、改めて思い出させてくれる。監督のむちゃくちゃな行動も、突き詰めれば「好きすぎる」という気持ちの表れ。その気持ち、映画ファンならずとも、何かに夢中になったことがある人なら、少しは共感できるのではないだろうか。

 これは、難しい映画の話ではない。一つのビデオショップをめぐる、愛と、情熱と、ちょっぴり狂気に満ちた、最高のエンターテインメントだ。

 ちなみに映画の公式サイトも“あの頃”を感じさせる最高のデザインなので、ぜひ一度覗いてみてもらいたい。

■公開情報
『キムズビデオ』
ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷ホワイトシネクイントほかにて公開中
出演:キム・ヨンマン(主人公)、ショーン・プライス・ウィリアムズ(キムズビデオ元従業員)、アレックス・ロス・ペリー(キムズビデオ元従業員)、ディエゴ・ムラーカ(この地区の自治体の警察署長)、エンリコ・ティロッタ(キムズビデオの管理人/ミュージシャン)、ヴィットリオ・ズカルビ(かつてのサレーミ市長 2008~2012年)、ジュゼッペ・ジャンマリナーロ(マフィアとの繋がりが疑われる謎の人物)、レオパルド・ファルコ(マフィア撲滅委員会会長)、ドミニコ・ヴェヌーティ(サレーミ市長)
監督・編集:アシュレイ・セイビン、デイヴィッド・レッドモン
撮影:デイヴィッド・レッドモン
録音:デイヴィッド・レッドモン、マチュー・デボルド
共同編集:マーク・ベッカー
音響:アグネス・ライカート、マルセイユ・ミックス・ア・ロット
製作:アシュレイ・セイビン、デイヴィッド・レッドモン、デボラ&デイル・スミス、レベッカ・タバスキー、フランチェスコ・ガラヴォッティ
提供:ミュート、ラビットハウス
共同配給:ラビットハウス、ミュート
アメリカ/2023年/英語、イタリア語、韓国語/87分/カラー/5.1ch/16:9/原題:Kim's Video
©Carnivalesque Films 2023
公式サイト:https://kims-video.com/
公式X(旧Twitter):https://x.com/usaginoie_film
公式Instagram:https://www.instagram.com/usaginoie_film/

■リリース情報
『キムズビデオ』本編字幕版VHS
価格:3,980円(税込)
ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷ホワイトシネクイント、テアトル梅田、UPLINK京都、ミッドランドスクエア シネマ、元町映画館、サツゲキにて発売

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