水上恒司は“希望”の存在 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』で際立つ繊細な表現力

 2023年の冬の封切り直後から大きな反響を呼んだ映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』が、8月8日に『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で地上波初放送される。主演は福原遥と水上恒司。あの感動作が誰もの手に届くお茶の間へとやってくるのである。

 今年の夏は特別な意味を持つ夏だ。太平洋戦争の終結から80年目の夏。この特別なタイミングに合わせて、戦争をモチーフとしたさまざまな作品が新たに制作され、私たちの元に届けられているところだ。『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』はこの夏に合わせて制作されたものではないが、“特別攻撃隊”にフォーカスした作品とあって、俳優たちはかなりの重責を負って撮影に臨んだことと思う。ここでは主演のひとりである水上に注目してみたい。

 本作のおもな舞台は、1945年の戦時下の日本。ここへ、現代を生きるヒロイン・加納百合(福原遥)がタイムスリップするところから物語は本格的にはじまる。彼女が時空を超えて出会うのが、佐久間彰(水上恒司)をはじめとする特攻隊員の人々。百合は彼らとの交流をとおして、かつて実際にあった過酷な現実を体験し、戦争や命というもの、そこでたしかに生きていた人々の想いに触れていくことになる。

 水上が演じる佐久間は秋田出身で、もともとは教師を志していた。徴兵される前は早稲田大学で哲学を専攻していたとあって、とても知的な人物だ。心優しく、強い正義感を持っている。本作に登場する特攻兵たちの中でもつねに冷静沈着で、どこか泰然とした若者だという印象があるが、繰り返すように彼は特攻隊員である。もう間もなく百合のもとを去っていくことが、この世から去っていくことが決定づけられている存在だ。

 “泰然とした若者だという印象がある”と先述したが、佐久間が冷静に振る舞えば振る舞うほど、彼の存在は儚いものとして私たちの目に映ることだろう。これは水上個人の表現によって成立しているものではなく、やはり相手役である福原の演技があってこそのもの。現代を生きる百合や私たちは、佐久間たちがどのような運命をたどるのかを知っている。彼らも予感はしている。いや、肌で感じているはずだ。福原の感情的な演技に応えるように、水上の声や瞳は揺れ、その内面が静かに、けれども確実に動いているのが分かる。理由はもちろん、百合に対する恋心からだろう。そして、やがて彼女との関係を失ってしまうことを理解しているからだと思う。

 原作がライト文芸に分類されるということもあり、設定そのものはかなり大胆だ。けれども映画というフォーマットの中では、生身の俳優たちが一人ひとりのキャラクターを演じている。そこではたしかに佐久間彰たちが生きている。水上の繊細な表現を目の当たりにすることで、これはたんなるフィクションではなくなるだろう。私たちと同じように日々を営む人々が、かつて実際に直面した現実なのだから。

 「感動作」として語られることが多いため、あえて分かりやすく本作を“あの感動作”と冒頭で称したが、筆者の本音としてはできればこの言葉で語りたくはない。いや、語り合いの入口にするのはいいが、それで片付けてしまいたくはない。水上たち俳優陣の演技から得た何かを各々の日常に持ち帰り、考えるきっかけになればいいなと思う。

 さて、水上がドラマ『中学聖日記』(2018年/TBS系)で鳴り物入りでデビューを果たしてから今年で早くも7年だ。ドラマだと朝ドラ『ブギウギ』(2023年度後期/NHK総合)でヒロインの相手役という大役を見事に演じ切り、その存在はお茶の間にも浸透している。

水上恒司は“目”で愛を表現する 新たな代表作となった『ブギウギ』愛助を生き抜いて

名は体を表すという。  『ブキウギ』(NHK総合)の愛助(水上恒司)はその名の通りスズ子(趣里)を愛し、助けとなった人生だった…

 8月29日からは吉岡里帆とのダブル主演映画『九龍ジェネリックロマンス』がはじまり、10月3日には『火喰鳥を、喰う』が、12月5日には『WIND BREAKER/ウィンドブレイカー』と、話題になるであろう主演映画の公開が相次ぐ。現在はWOWOWにて主演ドラマ『怪物』も放送中だ。『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』はラブストーリーでもあるが、大きな題材となっているのは戦争であり、特別攻撃隊の存在である。俳優・水上恒司のようなスターだからこそ、その演技をとおして社会に伝えられることがある。私たちは彼から受け取ることのできるものがある。エンターテインメントの世界に生きる彼の存在は、ひとつの希望だといえるのではないだろうか。

■放送情報
『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』
日本テレビ系『金曜ロードショー』にて、8月8日(金)21:00~23:29放送
※放送枠35分拡大 ※地上波初放送
出演:福原遥、水上恒司、伊藤健太郎、嶋﨑斗亜、上川周作、小野塚勇人、出口夏希、中嶋朋子、坪倉由幸、松坂慶子
監督:成田洋一
脚本:山浦雅大、成田洋一
原作:汐見夏衛『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(スターツ出版文庫)
音楽:ノグチリョウ
©︎2023「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」製作委員会

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