『べらぼう』“ラブコメ大河”としての新天地 蔦重と瀬川の“再会”はあり得るのか

「恩」によって巡り合うことを夢見て——幼なじみたちの『べらぼう』

 古来より、幼なじみの仲を引き裂いてきたのは「外的な」要因だ。現代的なラブコメであれば「突然やってきた転校生」(もちろん、それ以外にもたくさんの例がある)が、前近代の物語であれば身分差を中心とした「制度」がその「外的な」要因を担っている。

 その意味で2025年放送のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』は、「幼なじみ」たちの関係を鮮やかに描いている作品だと筆者は考えている。巡る因果によってようやく結ばれたかに見えた幼なじみたちの恋は、最終的には儚く散ってしまう。4月6日に放送された第14回がもたらした衝撃は大きく、『べらぼう』における一つの到達点と言ってよい。

 本作の主人公・蔦屋重三郎(以下、蔦重/横浜流星)と五代目・瀬川こと花の井(以下、花の井/小芝風花)が小さなころから共に吉原の中で育ってきた幼なじみであり、かつ想い合っている関係であることは何度も描かれてきた。しかしながら、花魁、それも吉原一であるともいわれる花の井に、富豪である鳥山検校(市原隼人)による身請けの話が持ち上がる。

 このとき二人の仲を阻んだのはやはり、「外的な要因(身分)」だ。作中で何度も言われてきたように、花魁と「吉原者」の恋愛は厳しく制限されている。二人の想いが強くなればなるほど、周囲の警戒が強くなるのは第9回に描かれた通りだ。だからこそ花の井は結局、検校に身請けされることを選択する。第10回を観たとき、筆者はやはり幼なじみは結ばれぬ運命なのか、と悲嘆したことを覚えている。

 ところが『べらぼう』は、その後思わぬ展開を迎える。花の井が蔦重を想い続けていることに気がついた鳥山が、幕府による取り締まりによって処罰されることもあり、最終的に花の井との離縁を選択する。それによって再び蔦重と花の井は結ばれる可能性が生まれたのだ。こうして二人は契りを交わし、晴れてハッピーエンドが訪れた……ように思われた。

 実を言えば筆者は第14回を観ているとき、幼なじみたちが結ばれることに安堵した一方で、少なからず違和感を覚えた。言ってしまえば、二人が結ばれることがどうにも納得いかなかったのだ。だから、二人が最終的に結ばれなかったことはある意味で正しい結末だったのではないかというふうに思っている。ではその「違和感」の正体とはなんなのだろうか。

 元も子もないことを言えば、蔦重と花の井の関係から見ると『べらぼう』第14回は、あまりにもできすぎていた。恋敵である鳥山がいなくなり、親父さま(駿河屋/高橋克実)たちからも一応の許可を得られ、花の井は「花魁」という身分ではなくなった(そもそも第14回のサブタイトルが「蔦重瀬川夫婦道中」であることもできすぎている)。二人が結ばれるための条件はほとんど揃っていた。

 思うに彼らの恋を引き裂いたのは、やはり冒頭で書いたように「外的な」要因だ。けれどそれは、「身分」といった目に見えるものを超えた「縁」とでも呼ぶべきものだろう。「巡る因果は、恨みじゃなくて恩がいいよ」。花の井のこの言葉には、それがありありと示されている。思い返せば、蔦重を取り巻く因果は、常に「恨み」によって巡り続けてきた。そのことは、蔦重が本意ではないにせよ鱗形屋(片岡愛之助)から仕事を奪ってしまったことに現れている。それを今度は「恩」によって巡らせようと二人は約束を交わすのだ。

 「恩」を巡らせる第一歩は、花の井が鳥山の恩に報いることにあるだろう。蔦重と花の井が再び出会えたことは、ひとえに鳥山が花の井の願いを全て叶えようとしたことにある。しかし二人が幸福に結ばれることは、果たして鳥山の「恩」に報いることだろうか。それは蔦重が鱗形屋の仕事を奪ってしまったことと同じように、再び「恨み」によって因果を巡らせてしまわないか。

 そう考えたとき、やはり二人が結ばれることは、悲しいことに二人の願いとは相反する結果を引き起こす。「恩が恩を生んでいく、そんなめでたい話がいい」という花の井の願いは、果たされることがなくなってしまう。

 そしてこのことは二人のもう一つの願い、つまり「吉原を再興したい」という願いにも関わってくる問題だ。思えば『べらぼう』はこのことから始まっているし、それが最も大きな目的として絶えず描かれてきた。その吉原もまた、「恨み」による因果が巡っている。吉原が疎外され株仲間に入れてもらえないことや、市中で家を持つことができないことは、そのことを示しているだろう。

 つまり吉原も、「恩」によって因果が巡らない限り市中との距離は変わらないままで、二人が願う「吉原の再興」は達成されないのだ。今ここで始まる彼らの幸福な毎日は、花の井が言うようにきっと「二人で夢に見た吉原に繋がるかといえば、違う」。こうした背景を考えてみると、やはり二人は離別を選ぶほかない。

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