Netflix映画『シティーハンター』成功の理由とは? 原作漫画やTVアニメから受け継いだもの

 もちろん、演技の見どころは鈴木が演じる獠ばかりではない。獠と槇村秀幸がそうだったように、新たに香が特別な“バディ(相棒)”になる瞬間が、槇村兄妹のセリフと獠の表情によって表現されるというアンサンブルが用意されている。このような人間ドラマが、アクションに差し挟まれることによって、活劇のなかに奥行きやエモーションが生み出されているのだ。また、香が巨大なハンマーを振り回して獠を追いかけまわすようになる経緯が、意外なかたちでユーモラスに描かれるところにも注目したい。

 他に見どころとなっているのが、新宿歌舞伎町での撮影だ。日本の都市部では撮影の許可を取るのが難しく、とくに人通りの多い場所で俳優が走るなど大きな動きを撮るのは、非常にハードルが高いことが知られている。本作では、深夜から朝方にかけての閑散とした時間を狙い、400人ものエキストラを動員して、「歌舞伎町一番街」や、通称「ゴジラロード」、「トー横」で、安全性を確保しながらの大規模撮影が敢行されている。このような苦労を経て新宿の雑踏で走る絵を撮っているからこそ、新宿を象徴とする『シティーハンター』の世界のなかに自然と入っていけるのである。

 そう、ハードボイルド作品は、やはりそういったディテールこそが命なのである。獠の愛銃であり、伝説的ガンスミス(銃職人)真柴憲一郎カスタムであるという設定が反映された刻印が刻まれているという「コルトパイソン357マグナム」や、愛車として登場する、クラシカルな赤のミニクーパーなど、本作ではそんな細部へのこだわりが作品の土台を形づくる。

 獠と香の住むマンションの室内は、とくに面白い。原作、TVアニメでは、そのレンガ造りの外観が、ニューヨークのブルックリンスタイルで、ミニクーパー同様にレトロなイメージを醸し出していたが、本作ではその雰囲気をリビングに色濃く反映し、大きな窓にレンガそのままの内壁、廊下側の壁にはコンクリート打ちっぱなしを採用し、書斎の他に酒瓶が並ぶミニバーを設置するといった、まさに「男前インテリア」の夢を具現化したものに完成させている。

 そしてさらに注目したいのが、その建物の場所である。あくまでも筆者の個人的な考察ではあるが、屋上で獠が黄昏れるところに香がやって来るシーンでは、住居の位置を周囲の建物から類推することができる。『エンジェルハート』実写版でも見られるように、獠の住居は歌舞伎町近辺だというイメージがあるが、本作ではそれよりもやや東寄りの東京医大通り近辺だと考えられるのだ。本作ではなぜ、このように獠たちの根城を新宿駅から少し離れた位置にしたのか。おそらくそれは、新宿のシンボルとなる代表的な高層ビルを同時に画角に収めようとしたからではないだろうか。

 新宿の代名詞でもある超高層ビル群の建設は、1960年代後半からスタートしたという。現在のビル群を映し出す本作では、70年代に竣工した旧安田火災ビル、90年代に竣工した東京都庁舎、00年代に竣工したコクーンタワー、そして、最近オープンした歌舞伎町タワーまでが、きれいに一望できる風景が切り取られているのである。まさに令和の新宿だ。

 原作漫画の連載が開始されたとき、ランドマークとなる東京都庁舎は着工されてもいなかったが、連載終了時には、ラストで夜の新宿を駆ける獠と香のイメージとともに、都庁舎が北条司によって感慨深げに描き込まれている。それは、いまも新宿駅で大規模な再開発がおこなわれているように、新宿が“いつでも変化し続ける街“であることが示されているのではないか。そんな時代の変遷のなかで、若いままの獠と香が活躍しているイラストからは、それでも変わらない魂が息づいていることを表現していると感じられるのだ。

 それでは、そこに封じ込められている魂とは何なのか。それは「シティーハンター」こと冴羽獠があくまで、「自分の心が震えたときにだけ依頼を受ける」というポリシーのもと、社会的に弱い人間が厳しい立場に追い込まれ“後がなくなった”個人を助けるという仕事を請け負っているところに答えがあるのではないだろうかと考える。本作のように、ささやかな夢を持った一人の女性の命を救い、悪辣な大企業や国際的な犯罪組織に、仲間のサポートを得ながら立ち向かっていく姿は、富や権力が集中する都会に生きながら、自分の矜持を貫こうとする人々の理想と言えるのではないか。

 大きな力に取り巻かれることで、自分のスタンスを手放すことを余儀なくされたり、生き方を見失いそうになることもある現代……『シティーハンター』がいまも必要とされるのは、そんな酷薄な社会の流れに抗うヒーローを、われわれが心のどこかで求めているからではないのか。本作では、変わり続ける街、変わり続ける日本で、象徴的な冴羽獠という変わらない主人公を、鈴木亮平がキャラクター性とのバランスを調整しながらリアリティをともなって演じている。その姿は、われわれ観客に、自分のなかにも彼のような気骨があることを再認識させてくれたのかもしれない。

■配信情報
Netflix映画『シティーハンター』
Netflixにて独占配信中
出演:鈴木亮平、森田望智、安藤政信、華村あすか、水崎綾女、片山萌美、阿見201、杉本
哲太、迫田孝也、木村文乃、橋爪功
原作:北条司『シティーハンター』
監督:佐藤祐市
脚本:三嶋龍朗
エンディングテーマ:TM NETWORK「Get Wild Continual」(Sony Music Labels Inc.)
エグゼクティブ・プロデューサー:高橋信一(Netflix)
プロデューサー:三瓶慶介、押田興将
製作:Netflix
制作:ホリプロ
制作協力:オフィス・シロウズ
原作協力:コアミックス
©北条司/コアミックス 1985

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