『君が心をくれたから』山田裕貴の雰囲気を変える“陰”の芝居 太陽の変化と成長

 『君が心をくれたから』(フジテレビ系)の物語が終幕に向けて大きく動き出している。雨(永野芽郁)が五感をだんだん失っていくのは、珍しい病気などではなく、事故に遭った自分を助けるためだと知った太陽(山田裕貴)。事実を知った直後は、自分のせいで雨を不幸にしてしまったように感じたのか、ふさぎこんでいる様子で雨を心配させたが、数日で何かが吹っ切れたように元気になった。“過酷な奇跡”を目にしている視聴者とっての救いは、雨と太陽が笑顔でいることだろう。2人に元気が戻ってきているようで一安心だ。

 長崎で代々続く老舗煙火店・朝野煙火工業の跡取り息子として生まれた太陽は、亡き母との約束を果たして、父の跡を継ぐべく、一人前の花火師になるという夢を持って修行に励んでいる。だが、学生時代に気になっていた雨に対してだけは素直に話しかけられないような不器用な面も持っていた。アプローチの甲斐があり、雨とは「友達以上恋人未満」の関係を続けていたが、ついにはっきりと自分の想いを伝えられないまま、雨は上京してしまった。しかし、離れていた8年の間、片時も彼女のことを忘れたことはなく、長崎に帰ってきた雨と再び運命的な再会を果たした。

 高校時代の太陽は、学校一の人気者、とまではいかないだろうが友人たちから、快晴を意味する「ピーカン」と呼ばれ、基本的に前向きで明るく、元気な青年だった。ただ、こうして太陽と雨の関係をみていると、なぜか太陽が“陰キャ”に見えてこないだろうか。きっとそれは幼いころに母を亡くしていることや、目の病気によって赤色を識別できず、花火師としては茨の道を歩んでいることなど、他人にはめったに見せない“陰”の部分が影響しているのだろう。

 太陽は雨に対してはどうしてか、この“陰”の部分を隠すことができなかった。学生時代にやっと雨に話しかけたと思ったら、気持ちが先走っているのが丸わかりだったのか、雨に気持ち悪がられたこともあるくらいだ。こうして自然にありのままの自分が出てきてしまう相手こそが、“運命の相手”と言えるのかもしれない。山田裕貴は、こういう時の太陽をやや伏し目がちにおろおろした様子で演じている。

関連記事