『らんまん』を傑作にした制作陣全員の信頼感 神木隆之介×長田育恵は最高の化学反応に

 植物学者・牧野富太郎の人生をモデルにし、長田育恵作・神木隆之介主演で描くNHK連続テレビ小説『らんまん』が間もなく最終回を迎える。

 本作は、朝ドラとしては最初から高難度な数々のハードルのもとスタートした。

 女性の半生記もしくは一代記を描く作品が多い朝ドラにおいて、言うまでもなく、男性主人公の作品はごく少数派。しかも、天才や、何かを成し遂げた実在のモデルがいる作品では、その本人ではなく、支えた妻や家族を主人公として描くケースがほとんどである中、本作は真ん中に天才を置いている。

 なにしろ天才は突き抜けているだけに、理解不能で、共感されにくいし、ずっと天才であるだけに、変化や成長を描きにくい。そもそも「才能」「努力」を、説得力を持たせて描くのは非常に難しい。おまけに、扱う題材はアカデミックな「植物学」だ。

 会議室の多数決で決めるなら、「妻を主人公にした方が無難では」「そもそも植物学でみんなが観るのか」といった声が勝り、保険をかけて中途半端にアレンジされ、適当に流行りやウケの良さそうな要素をいくつかのっけて、なんとも消化不良になりそうな難しい題材だ。

 しかし、従来の朝ドラのヒットのセオリーをことごとく踏まずに行くスタンスには、序盤から確かな自信が見られた。妥協せず、無難に走らず、楽しみながらも自信を持って挑む脚本家や制作陣・役者陣の試みこそが、まさに「冒険」そのものだったとも言える。

 そしてその自信は、視聴者への「信頼」と置き換えることもできるだろう。

 そうした「信頼」の連鎖は、制作統括・松川博敬が脚本に、志賀直哉原作×本木雅弘、安藤サクラら出演のNHKスペシャルドラマ『流行感冒』(2021年)を共に作った脚本家・長田育恵を推したところから始まる。

「『流行感冒』でご一緒したとき、締め切りをきっちり守る人で、直しを要求したらさらにその上を書いてくる人であることはわかりました。その時、長田さんで朝ドラをやってみないかといったのは、当時のドラマ部長だったんですけど、『長田さん良いよね、朝ドラ書けると思う?』と聞かれて、僕は確信を持って『書けると思いますよ』と答えたんです」(※1)

 同インタビューで松川は、「長田さんは、『書き続けられる人』だし、『書くのが好きな人』なんですよね。たぶんいろんなジャンルの物語が好きで、書きたいことがたくさんある人だから、いろんな物語が書ける人。(中略)朝ドラはとにかく量が多いので、『書き続けられる人』でなおかつ『物語を描くのが好きな人』ということが大事だと思っています」とも語っている。

 こうした「確信」という信頼を受けて、長田が描いた脚本が、とにかく凄かった。

 主人公・槙野万太郎が「ただ植物を純粋に愛する人」「好きなモノのためにひたむきに努力する人」であると共に、寝る時間や食事の時間を削ることも厭わず、お金にはまるで無頓着でダメな人だということは、最初の2週間ですでにほぼ全視聴者の「共通認識」となる。

 その後は、万太郎の姿が映らなくとも「植物採集に出ているのだろう」「またどこかで地べたを這いつくばって植物に『お前は誰じゃ?』と話しかけているのだろう」「標本を作っているのだろう」「植物画を描いているのだろう」「そういえば、最近はあまり牛鍋を食べてないな。なんだかんだトシをとったしなぁ」などと、その姿を思い浮かべ、想像し、自身の脳内で補完することができる。

 これは周囲の人物も同様で、時間がいきなり飛んでも「寿ちゃんは相変わらず働き者だろうな。『八犬伝』を読む時間は持てているかな」「藤丸は沼津から上京するときも、波多野お手製のうさぎ柄の巾着を持って来ていそうだな」「聡子の子は今、何歳くらいになっているだろうか」などと、想像してしまう。

 特に本作の場合、主人公のモデルとなった牧野富太郎が90年超の長い人生を歩んだ人だけに、関わる人も多く、「細かく丁寧に書き込む部分」と「省略する部分」の塩梅は非常に重要かつ難しいところだが、そこに確かな手腕が感じられた。インタビューで長田はこう説明している。

「やっぱり過程は面白いんですよね。突破があるとしたら、突破するまでが面白くて、突破したらその後のランディングのところはわりと省略できるという考え方なんです。突破するまでのベクトルを示すところにドラマが1番詰まっていて、その後のドラマのありどころは着地の仕方なんですよね。だから、テイクオフしたら省略していいという風な考え方で。ベクトルを示すところまでは丁寧に書くけど、その後は抜かしていい。(中略)万太郎の成長ベクトルはもう示せているので、視聴者の想像に委ねることができています」(※2)

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