全米俳優組合のストライキの背景と余波を解説 配信サービスとAIが大きく関わる理由とは
アメリカで始まったストライキが日本でも話題を呼んでいる。7月21日公開の『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』で主演を務める、トム・クルーズらの来日がキャンセルになったことが注目を浴びたのだ。クルーズというビッグネームのおかげで、日本の映画ファンも早い段階から、このストライキが決して対岸の火事ではないことを知ったことだろう。
では実際、全米俳優組合(SAG-AFTRA)のストライキがどんなことに影響を与えるのか。そもそも、彼らはなぜストライキをしなければいけなくなったのか。このイシュー全体の問題と、解決しなければならないものは何なのか。その背景と余波について、整理して考えていきたい。
背景① 誰が何に対して抵抗しているのか
まず全米俳優組合(SAG-AFTRA)とは何か。SAGは全米映画俳優組合(Screen Actors Guild)を指し、AFTRAは米テレビ・ラジオアーティスト連盟(American Federation of Television and Radio Artists)を意味する。前者は映画やテレビの俳優、後者はテレビ・ラジオの放送に携わるアーティストによるものだったが、同様の分野をカバーするようになって2012年にこの2つが統合した。そして、この全米俳優組合がストライキを起こしている相手は、全米映画テレビ製作者協会、通称AMPTP(Alliance of Motion Picture and Television Producers)と呼ばれる、映画会社やテレビ局、ストリーミング事業者らが所属する同盟だ。簡単に言えば、プロデューサー側である。
基本的に全米俳優組合に所属する俳優は、ストライキに入った現在、働くことを許されていない。しかし、米俳優組合の全メンバーがストライキに参加しているわけではないのだ。米俳優組合のメンバーであっても、ビデオゲームやオーディオブック、音楽業界のコマーシャルなどの分野であれば働くことが許されている。例えば、米俳優組合に所属するテレビキャスターだとしても、ニュースキャスターとしてロサンゼルスのテレビに出演することはできる。しかし、映画スタジオから出演依頼があった場合は断らなくてはいけない。基本的に、AMPTPとの契約が発生しない仕事は良くて、発生する場合はダメなのだ。リアリティ番組やゲーム番組などもAMPTPとの契約対象外なのでOKだと言われている。
このストライキにより、多くのアメリカの人気テレビシリーズや映画の製作が中断されたが、『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』シーズン2などいくつかの作品はプロダクションが続行している。なぜなら『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』の製作はイギリスで行われており、イギリスの俳優は全米俳優組合と違う組合ーー英国俳優労働組合(BAE/British Actors Equity)に所属しているからだ。逆に言えば、米俳優組合に所属する俳優だとしても、英国俳優労働組合のもとで契約したプロジェクトでは働き続けることができる。ちなみにイギリスの労働法では他の組合と連帯でストライキをすることが禁止されているため、どれだけ英国俳優労働組合がアメリカの俳優に共感・支持しても、一緒にストライキをすることができない。
背景② 元々は全米脚本家組合(WGA)のストライキが始まりだった
全米俳優組合の起こしたストライキより数カ月前、5月2日から継続されているのが、全米脚本家組合(WGA)によるストライキだ。彼らが戦っている相手も、先に紹介したAMPTPである。しかし、このストライキには全くと言っていいほど進展がなかった。なぜなら、AMPTPことプロデューサー側が脚本家たちと話し合いのテーブルに着いていないからだ。
そもそも彼らーーつまり主要なスタジオや配信事業者のCEO、ワーナー・ブラザースやディズニー、Netflixの責任者らは、基本的に俳優や監督、作家とそれぞれ折り合いをつけるために通常3年ごとに交渉することになっている。内容は賃金や権利に関するものだ。その交渉は大抵うまくいくものの、これまでも何回か決裂し、ストライキに発展していた。しかし、今回のように脚本家組合と俳優組合といった複数の団体が同時にストライキを行うことは稀であり、全米監督組合(DGA/Directors Guild of America)においてはストライキを行ったことがほとんどない。なぜなら、監督側は脚本家や俳優に比べて安全圏にいるからだ。
背景③ 脚本家と俳優、ストライキの要求は何か
そんな脚本家と俳優の組合両者がプロデューサーに求める主な要求は、「利益の公正な分配と労働条件の改善」である。ここに大きく関わってくるのが、「ストリーミングサービス」と「AI技術」なのだ。脚本家組合はAMPTPに対して、主に賃金の最低額の大幅な引き上げや、シリーズ作品におけるライターの最低雇用人数の増加、そして一定期間の雇用保証を求めている。そもそも脚本家が収入を得るビジネスモデルは俳優や監督のそれとはるかに違って厳しい。
例えば、ドラマシリーズにおいては正式な製作が決まる前、パイロット版を作る段階でライターが参加し、尽力したとしても企画がそのままなし崩しになれば途端に翌日から違う企画での仕事を探さなければならない。一方、Netflixなどのストリーミングサービスが加入者を満足させるため、常に新しいコンテンツを作ろうと、どんどん企画にグリーンライトを出すため、一部ライターの仕事は増えた。しかし、常に新しいシリーズが発注されるようになって忙しくなったとしても、製作側としてはコストを抑える手段を強行し、結果的に仕事が増えているのに作業量に対する賃金が下がっているのだ。だから「エピソード数に応じて、1番組当たり最低6〜12人のライターを配置すること」「10週間から52週間の雇用保証」「番組の成功率に応じたストリーミング放送料の支払い」などを要求している。
加えて、大きく問題視されているのが、AIの存在だ。AIが脚本を書くなど、人工知能の進歩によって脚本家の仕事が減らないよう保護する体制や、脚本家のアイデアがAIの生成した作品の基礎として使われる場合の方針が不十分だと、組合は訴えている。実際、このストライキ中に配信されたマーベルの新シリーズ『シークレット・インベージョン』のオープニング映像をAIが生成したことが発覚し、大きな批判を受けた。
これら脚本家組合の訴えは、俳優組合の要求にも重なっている。俳優組合の要求は主に2つ、「ストリーミングサービスにおける報酬のルール」と「AI規制と肖像権におけるガイドライン」である。
前者の問題は、これまで印税で暮らしてきた俳優が配信サービスのせいで印税を得られず、収入が減ってきてしまったことにある。実は出演料よりも、その作品のDVDやテレビ放送などの二次使用料などの印税の方が高いと言われている。しかし、DVDが売れなくなり、配信サービスで自身の出演作がストリーミングされるようになった今、二次使用料を含む報酬システムは確立していない。そして、その確立を妨げているのが、配信各社が作品のアクセス数を非公開にしたがる背景だ。俳優側としては(脚本家も同様に)、劇場映画の興行収入のようにデータを公開し、その成績に応じて収益に貢献したボーナスが欲しい。しかし、配信会社は数字を隠したがるし、組合の提案でもある「第三者のリサーチ会社に集計させること」にも否定的だ。第三者の数字は“信用できない”らしい。また、ストリーミングサービスが製作するオリジナルシリーズは、通常のテレビシリーズに比べて出演話数も少なく、そもそも生計を立てるために俳優側は全体的な給料の値上げを求めている。俳優組合のフラン・ドレシャー会長は7月13日の記者会見で、「製作会社は経営陣に数億ドルもの報酬を支払いながら、“資金難”だと我々に嘆願している」と述べ、AMPTPを批判した。
そして後者の問題は、AI技術の発展と俳優の肖像権に関わるものであり、現在のオーディション現場にその影を落としている。今、映画に実際に出演するためではなく、“スキャンされるため”のオーディションがあるというのだ。俳優は“1日分のギャラ”で外見をスキャンされると、その肖像権を所属会社が保有し、本人の同意もそれ以上のギャラもなしに永久的に何度でも勝手に使用されるのだ。そうなったとき、画面に映るのはもはや俳優ではなくデータイメージであり、その演技は俳優の演技と言えるのだろうか。AMPTP側が言う“画期的なAI提案”に対し、俳優組合が猛烈に抵抗するのも当たり前だ。