『おちょやん』杉咲花が抱える葛藤 緊急時態時の文化・芸術への理解は今の世にも共通?

 出征した福助(松本和真)、そして百久利(坂口涼太郎)の訃報が相次ぐ。悲しみに暮れるみつえ(東野絢香)や、荒れて酒浸りになった一平(成田凌)の姿に心が痛んだ。連続テレビ小説『おちょやん』(NHK総合)第88回では、変わりゆく環境の中で「女優である」ことを問われる千代(杉咲花)の姿が描かれた。

 夜な夜な家を抜け出しては、猫を相手に芝居を続ける千代。台詞を口にする、その時間が千代を支えていた。「ずっと芝居ができないままだと、役者でなくなってしまうようで怖い」と話す千代は、戦争真っ只中でも芝居をすることを糧に生きている。しかしこれまで一緒に夢を追いかけてきた一平は、福助や百久利の戦死で自分を攻め、酒に明け暮れる日々。さらにみつえは菊(いしのようこ)と福松(岡嶋秀昭)だけでなく福助までをも失い、床に臥せってしまった。これまで千代と共に気丈に歩んできた人々も、徐々に心の活力を失っていく。

 ある日千代は、食糧をもらいに行った農家で女優であることに対する心ない言葉をかけられる。芝居をしてきたこと、女優として生きてきたことを立て続けに否定された千代の心は、だんだんとすり減っていった。そしてとうとう、心の支えとなっていた芝居の台詞がでてこなくなってしまう。心が折れた千代は、ひとり泣き崩れるのであった。

 戦争が起きてからの『おちょやん』では、「この時期に芝居と向き合うことが果たして正しいことなのか」という葛藤が描かれてきた。兵隊として戦地に行くことを前向きに描いた家庭劇の芝居は、国民の不安な心を奮い立たせ、勇気を与えてきた一方で、兵隊になることを推奨していたことにもなる。一平は、大切な人が出征して行くことに疑問を持ちつつ、兵隊を前向きに送り出す芝居を続けることに釈然としないものを感じていたのだ。それは、福助と百久利の死ではっきりとした苦しみの感情となり一平に襲いかかる。

 一方で千代は、どんな時もお客さんを「笑顔」にすることを支えに生きてきた。だがそれはお客さんのためではなく、自分のためだったと改めて気づかされる。しかしみんなが生きることに必死な戦時中、女優に対しての風当たりは強く、非常時に芝居をするなどもってのほか。緊急時態に陥ったときに演劇や音楽をはじめとする文化・芸術への理解がなかなか得られないのは、今の世にも共通する部分かもしれない。だが、きっと日はまた昇る。千代がまた芝居への情熱を取り戻し、たくましく前に進む時が来ると信じて見守りたい。

■Nana Numoto
日本大学芸術学部映画学科卒。映画・ファッション系ライター。映像の美術等も手がける。批評同人誌『ヱクリヲ』などに寄稿。Twitter

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/

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