大根仁が大河ドラマにもたらしたものとは? 『いだてん』「前畑がんばれ」の裏側を解説
共同演出の可能性
――今回、大根さんを演出に起用されたのは、女性アスリートの回をお願いするためだったのでしょうか?
訓覇:いろんな要素を持つ宮藤(官九郎)さんの脚本の中で、笑いの要素と女性を描く上で大根さんに期待した面は最初からありました。あとは、現場で進めていくうちに、井上(剛)さんとのコラボができるのではないかという話になって。
大根:「前畑がんばれ」は井上さんとのダブルクレジットになっています。これは最初から決まっていたわけではなく、ベルリン大会が終わって37回につながる後半の東京パート、ここはなんとなく井上さんが撮った方がいいのではと。僕は軍人が出てくるような会議シーンは苦手で、そういうシリアスなシーンを撮るのはやっぱりNHKの人の方がいいんじゃないかと思い(笑)、ラスト10ページだったのですが“井上さんに任せるという演出”を施したんですよ。チーフ演出に丸投げという失礼な演出ですが(笑)、それが功を奏しました。
訓覇:勇気のいる選択ですよね。違う演出家に任せるというのは。
大根:やっぱりNHKの人は上手いですよね。元々、『いだてん』に参加する時に井上さんと何回か共同演出しようという話はしていました。それは一回の中に複眼的な演出の狙いが入ってくるのが新しいと思ったからです。僕と井上さんだけじゃなくて各演出家の得意分野をそれぞれが撮り、最終的にミックスさせる回ができたらいいなと。
第9回「さらばシベリア鉄道」も、ストックホルムに到着してからは井上さんが演出を担当しています。ダブルクレジットの第14回「新世界」は完全に2人でシャッフルして撮っていて、今のところ3回ほど、井上さんと共同演出にチャレンジしたのですが、この36回は、コメディ要素あり、シリアスあり、女性アスリートの描写もありと、大河ドラマらしい時代に呑まれていく重い雰囲気もありと、僕なりの理想の共同演出の形になったと思います。
――最後に河野一郎(桐谷健太)が政治家に転身し、田畑と決別するシーンが描かれました。
訓覇:『いだてん』には全体的に光と影や裏表といった二面性が常にあります。この回も「前畑がんばれ」という戦国時代における「本能寺の変」みたいな話がある一方で、前畑が戦ったゲネンゲル選手は、実はドイツ人だった。もしかしたら「前畑がんばれ」の何百倍ものプレッシャーがあったのかもしれない。スポーツと政治という陰陽。一回の中で光と影を一緒に描く際、光の部分を大根さんが撮り、影の部分を井上さんが撮ったのではないかと思います。田畑と河野もそうですね。同じスポーツという場所から出てきて、進む道が別れることで、その時々の光と影を描いているのだと思います。
変化していく「がんばれ」
――トータス松本さんが演じた河西三省の実況場面はいかがでしたか?
大根:今回、誰よりも追い込んだのは、トータスさんだったと思います。実際にプールで泳いでいる姿を見ながらの実況も撮ったのですが、時間的な都合であまりうまくいかなくて。トータスさん自身も納得できず、プロデューサーにわがままを言って後日スタジオで、実況ブースだけをもう一度作ってもらい、リテイクし、さらに編集して現場でうまく喋れなかった箇所や、足したいところを原稿にして、最後にあのテンションで実況してもらうという、都合3回ぐらい実況していただきました。「がんばれ」と1000回ぐらい言ってるんじゃないかと思います(笑)。
ーーこんなに「がんばれ」という台詞が登場するドラマは珍しいですよね。
大根:宮藤さんの脚本がおもしろいのは、演出が足せる隙間があるところなんですよ。書かれてない部分があったりするので、そこを探すのが演出としてはすごく楽しい部分でもあり、難しくもあるんですけれど。今回で言うと前畑がレース前にどのようにして「がんばれ」というプレッシャーを「どういう風に受け止めて、どう吹っ切ったのか?」ということがあえて書かれていなかったように感じました。そこから脚本を読み込んで、「がんばれ」という言葉が生きてくる展開を演出で足しました。
――大根さんご自身は「がんばれ」と言われてプレッシャーを感じることはありますか?
大根:僕もうっかり言っちゃいますね。「がんばれ」って便利な言葉だし無責任な言葉だなと、前々から思っていました。言われた時は「うるさい。お前ががんばれ」と思いますし、逆に素直に嬉しい時もあります。こころなく言う時もあれば、心底応援している時もありますし、不思議な言葉ですね。
訓覇:スポーツって最後にかける言葉は「がんばれ」しかないんですよね。ひどい言葉だけど最後は「がんばれ」としかいいようがないから、あれだけ連呼したんでしょうね。
――「がんばれ」という言葉の意味が劇中でどんどん変わっていきます。
大根:それは宮藤さんの脚本家としてのうまさですよね。「がんばれ前畑」のエピソードを書くにあたって、ストレートに書くのではなく、まずは「がんばれ」という言葉を封印するところから始めてみようというのが宮藤さんの狙いだったと思います。「がんばれ」という言葉を、前畑さんが拒否していたという史実は全くなかったので、それはフィクションとして、すごくうまいなあと思いましたね。
訓覇:第35回の終わりで、まーちゃん(田畑)がプールで前畑に「前畑がんばれ」と言うんですよね。五りん(神木隆之介)が「え? それ言っちゃう?」と突っ込んで終わるんですけれど、先に「前畑、がんばれ」と言わせておいて、その後を見せていくという、宮藤さんの発明したやり方ですね。「がんばれ」って雑な言葉だし、つい考えなしに言っちゃうけど、ポジティブな面もあり、色々な側面のある言葉だと考えさせられます。
大根:レース前にヒトラーが登場してグレンゲルに話しかける場面では、何か励ますようなことを言ってくれと指示したのですが、後で訳した言葉を聞いたら、「がんばれ」ってドイツ語で言ってましたね(笑)。やっぱり、「がんばれ」は世界共通なんだなと思いました。