『空飛ぶタイヤ』に見る、池井戸潤実写化作品の変化 『半沢直樹』以降のアプローチを読む

 現在、池井戸の小説はテレビドラマで引っ張りだこの人気コンテンツだ。転機となったのはメガバンクを舞台にした小説『俺たちバブル入行組』(文藝春秋)をベースにドラマ化した『半沢直樹』の大ヒットだろう。放送されたのはTBSの日曜劇場。チーフ演出は『砂の器』や『華麗なる一族』(ともにTBS系)などを手がけた福澤克雄。福澤の演出は、大企業や銀行のエリートを徹底的に悪く描き、中小企業で働く庶民は善良な存在として見せる。そして、大企業に虐げられた人々が耐えに耐えて、最後に大逆転する姿が物語のカタルシスとなっていた。

 昭和史を背景に重厚な人間ドラマを描いてきた池井戸と、企業犯罪を通して衰退していく平成の日本を描いてきた福澤は相性が抜群に良く、その後も『ルーズヴェルト・ゲーム』、『下町ロケット』、『陸王』(全てTBS系)といった作品が同じスタッフで製作。今や日曜劇場といえば“池井戸潤”というイメージは完全に定着している。

 他のテレビ局でも池井戸原作小説のドラマ化が行われるようになっていくのだが、『半沢直樹』以前は『空飛ぶタイヤ』のようにWOWOWやNHKの土曜ドラマといった通好みの枠で放送される大人向けのドラマという位置付けだった。それが『半沢直樹』的なアプローチへと変わっていくのは視聴者のニーズに合わせた変化だろう。

 それは映画版『空飛ぶタイヤ』にも同じことが言える。ドラマ版『空飛ぶタイヤ』で描かれていた企業のしがらみでズブズブの日本社会の醜悪な姿にはリアリティはあるものの、現実は変えられないという諦念の方が強く感じられた。対して映画版『空飛ぶタイヤ』は、小説やドラマに比べると淡白に感じるところもあるが、巨大な企業の汚職に立ち向かう赤松の姿にはヒーロー性があり、現実を打ち破ろうという意思を感じる。

 『半沢直樹』が放送された時、これは時代劇だという意見が多数あったが、現在、映像化される池井戸作品は、企業の闇に翻弄される個人の無力感を描いた経済小説から、大企業に立ち向かう庶民を描いた娯楽活劇へと変化している。

 来年には池井戸作品の『七つの会議』の映画化が決定している。この作品は『半沢直樹』と同時期にNHKの土曜ドラマ枠で映像化されているが、組織に翻弄される個人の無力感が際立った内容だったため、あまり話題にならなかった。改めて映画化される際に、どのようなアプローチとなるのか?

 史実を元に書かれた歌舞伎の演目『仮名手本忠臣蔵』は、時代を超えて様々なジャンルで再演されてきたが、おそらく池井戸作品もそういう作品として後世に残り、映像化された時代の空気を反映するものとなっていくのではないかと思う。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■公開情報
『空飛ぶタイヤ』
全国公開中
出演:長瀬智也、ディーン・フジオカ、高橋一生、深田恭子、岸部一徳、笹野高史、寺脇康文、小池栄子、阿部顕嵐(Love-tune/ジャニーズJr.)、ムロツヨシ、中村蒼ほか
監督:本木克英
原作:池井戸潤『空飛ぶタイヤ』(講談社文庫、実業之日本社文庫)
脚本:林民夫
(c)2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会
公式サイト:soratobu-movie.jp

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