幸せの形はひとつじゃないーー『逃げ恥』に通じる『デイジー・ラック』の多様性
年齢と幸せと不安
年齢が重くのしかかるのは、仕事だけではない。将来は? 結婚は? と、甘い恋愛を楽しむだけでは不安になる。だが、結婚したら安泰というわけでもない。子供は? 老後は? そして、今が幸せだと思えてても、すぐ先に失う不安が出てくる。その不安は、予期せぬタイミングでやってくることが多い。まるで風邪のひきはじめのような違和感として。軽いうちに対処すれば、なんてことなく終わったり、免疫がついて強くもなれる。だが、大人になるほど、抱え込むことが多くなるのだ。
新たな恋人に新婚生活と、順風満帆に見える薫やえみだが、それぞれのパートナーとの向き合い方に悩むときがやってくる。その不安は、贅沢な愚痴に聞こえるかもしれない。しかし、えみの言葉を借りるなら「幸せな悩みなんてないよ。甘えてるって言われたら、なんにも言い返せないけど、私にとってはすごく切実なことなんだよ」なのだ。私たちは、それぞれが幸せになる多様性は受け入れつつある。だが、その前に、もがいている瞬間をどれほど優しく見守れているだろうか。
「自分はどうしたいの?」そう問いただされる彼女たちを見て、同じ気持ちでハッとしてしまう。まるで、ひなぎく会に参加しているような気分で、我が身を振り返るシーンが多いのも、この作品の魅力だ。
多様な“人”を知ること
「作品で疑似体験することが大切だと思うんです」。先日、宮崎大学のライフデザインシンポジウムで海野つなみ氏とお会いするチャンスに恵まれた。いろいろなお話をさせていただいたのだが、もっとも印象に残ったのが車で移動中に聞いたこの言葉だった。漫画やドラマはあくまでもフィクションだが、その作品に触れることでいろんな考えの人がいるというのを知ることができる。セクシャルマイノリティの人もいれば、恋愛経験のない人もいれば、高学歴で就職がうまくいかない人もいる、結婚したい人・したくない人もいれば、子供がほしい人・ほしくない人もいる。
生きているうちには、自分が育ってきた環境の“普通”と異なる人と接することも少なくない。人は、わかりやすいものを真実だと思い込もうとする性質もある。見知らない個性をいきなりカミングアウトされても、にわかに真実として受け入れられなかったり、“理解できない”と拒絶してしまったりしてしまう。真実をまっすぐに見つめ、人を受け入れ、より豊かに生きていくためにも、「そういう人もいる」ということを知るのはとても大切だ。筆者の周囲には、29歳でパン職人を目指す女性はいない。だがもしこの先、友人が「今からパン職人になりたいんだ」と言ったら、きっと楓のことを思い出して「パンが焼けたら食べさせて!」と素直に応援できると思う。
「だから、色んな人を描いていこうと思うんです」。それまでスポットライトが当てられていなかった人たちが海野作品のキャラクターになることで、私たちは“知っている誰か”と思えるほどの親近感を抱く。仕事に厳しい安芸(鈴木伸之)も、何を考えているかわかりにくい大和(桐山漣)も、人懐っこい貴大(磯村勇斗)も、エアロビ好きな隆(長谷川朝晴)も、みんな個性的。すっかり知り合い気分で、みんなに幸せになってほしいと願ってしまうのだ。最終回を含めて、残り3話。彼女ら、そして彼らが自分らしい幸せを掴む姿を、じっくりと楽しみたい。
(文=佐藤結衣)
■放送情報
NHKドラマ10『デイジー・ラック』
NHK総合 毎週金曜22:00〜放送(連続10回)
出演:佐々木希、夏菜 、中川翔子、徳永えり、鈴木伸之、桐山漣、磯村勇斗、長谷川朝晴、浅香航大、柳俊太郎、MEGUMI、矢野聖人、井上苑子、芦名星、とよた真帆、小林隆、片平なぎさほか
原作:海野つなみ
脚本:横田理恵、山岡潤平
写真提供=NHK
公式サイト:http://www.nhk.or.jp/drama10/daisyluck/index.html