中谷美紀の“家”、木村多江の“思い出” 『あなたには帰る家がある』別れに辿り着いた2人の先は?
一方の綾子は「幸せ」という言葉を連呼する。第1話で秀明の心に火をつけた車内での台詞「私、幸せです。でも、淋しい」、第4話で秀明に別れを告げられたときの「私、幸せでした。あなたといた時間が、一瞬だけでも」、第6話の夫・太郎に対して「私、幸せだった。この家で暮らして。だってあなたは、私をこの小さな家に閉じ込めて匿ってくれるもの」。彼女は常に「幸せ」ではあったのだ。幸せ、幸せと連呼しながら、彼女はいつも心の満たされなさを埋めようと、誰かに自分を委ねてきたのかもしれない。「帰る家」が最初からなく、強欲な人間の元に預けられた不本意な人魚のように、抑圧された家から逃げたいとだけ思っていた。そこに現われたのが同じく家庭に不満を持った、優しい秀明だったのだ。
綾子の恐ろしさは、彼女がここぞと言うときに身につける「白」だろう。だがその白は、茄子田家の庭の白い花を姑が吸った煙草からこぼれ落ちた灰が「あの女はそうとうのもんだよ」という言葉とともに汚したように、綺麗なだけの「白」ではない。いわば、「白」でありたかった人の「白」なのだ。
「家」に執着する真弓に対して、「まるで高校生のようにその感情だけが私を動かしている」綾子は秀明とのあらゆる思い出に執着する。秀明の軽々しい「愛してる」や「好き」、彼が褒めたほくろと庭の白い花、さらには初めて出会ったときのキッチンでの「夫婦ごっこ」に。彼女が佐藤家に乗り込んだときに身につけていた一際眩しい清楚な白い服は、秀明が好きだといった白い花に自分自身を重ねてしまいたいという恐ろしいまでの執念だ。綾子は、秀明が第1話で彼女に語った白い花と少年のキスという甘酸っぱい初恋のエピソードをまるで自分の物語にするかのように、純粋無垢を示す白を纏う。
だが、彼女の口から出てくるのは、「私だったら夫に家事をさせたり、外に働きに出たりしない。愛する人の帰りを待つだけで幸せだもの」と古いしきたりに支配された家庭において長年こき使われ、「よい妻」を務めることを美徳としてきた、そのこと自体は全く嫌だと思っていない彼女ならではの台詞なのである。その綾子のアンバランスさが作り出す違和感、恐怖は、秀明と出会ったときにキッチンで行った「夫婦ごっこ」そのままに、自分を虐げた夫・太郎を排除し、そこに秀明を配置し、秀明の妻、麗奈の母である真弓、自分にないものを持った真弓のポジションに簡単に成り代われると思い込むという常軌を逸した行動によって頂点に達する。
女たちは、家というシガラミから一旦離れ、自分の心に正直になり「別れ」という結論へと辿り着く。自分たちの人生のために。だが、1人で再び娘のために立ち上がろうとするだろう真弓と違い、新たに依存する相手を探すだけだろう綾子は、なおも秀明を道連れにしようと動くのだろう。女たちの意思を前に、男たちはどう動くのが正解なのか。夫婦というもの、家庭というものはこんなにもややこしい。一旦縺れて絡んでしまった糸は簡単に解くことはできないように、彼らの関係も一筋縄ではいかない。次は彼らの前にどんな難題が降りかかるのだろうか。
■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。
■放送情報
金曜ドラマ『あなたには帰る家がある』
TBS系列にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
出演:中谷美紀、玉木宏、ユースケ・サンタマリア、木村多江、駿河太郎、笛木優子、高橋メアリージュン、藤本敏史(FUJIWARA)、トリンドル玲奈
原作:山本文緒『あなたには帰る家がある』(角川文庫刊)
演出:平野俊一
脚本:大島里美
プロデューサー:高成麻畝子、大高さえ子
製作:ドリマックス・テレビジョン、TBS
(c)TBS
公式サイト:http://www.tbs.co.jp/anaie/