書籍『ネットフリックスの時代』インタビュー(前編)

「クリエイターはより自由に表現できる」西田宗千佳が語る、Netflixと配信コンテンツの可能性

「Netflixはお金の回収方法がいままでのテレビドラマとは全く異なる」

——2012~2013年になると、Netflixはオリジナル作品に力を入れるようになりますが、それはどのような戦略から行われるようになったのでしょう。

西田:レンタルビデオの代替としてスタートしたNetflixですが、ケーブルテレビの代替にはならなかったからです。すでにケーブルテレビに加入していて、再放送番組やドラマを見続けているユーザーにとっては、かつてのNetflixは不十分なサービスでした。ユーザーは、自分が興味を持っている古いコンテンツをあらかた見終わってしまうと、その時点で契約を辞めてしまうわけです。そこで、ユーザーを定着させて、ずっと使ってもらうためにはどうするべきかを考える必要がある。Netflixなどは月額固定性のサービスですから、いかにお客さんを定着させるのか重要で、そのためには新たに魅力のあるコンテンツを次々にアップしていかなくてはいけない。そうなったとき、従来のレンタルビデオモデルだと新作の映画を入れるしかないのですが、新作の映画はライセンス料が当然高いわけです。さらに、新作映画の競合というのも存在します。そこで、ほかでは観ることができないオリジナルコンテンツを自分たちで制作するという発想が出てきます。その方が、他からコンテンツを買うよりもコスト的にメリットが大きかったりもするのです。アメリカでは、衛星放送局やケーブルテレビのプレミアム局ーーとくにHBOがこうしたビジネスモデルで成功しました。日本でもWOWOWが同じビジネスモデルをやっていますけど、それをネットの配信でやったのがNetflixだと考えるといいと思います。

——ストリーミングサービスがオリジナルコンテンツを自ら制作する場合、その制作や投資のシステムはどう変化したのでしょうか。

西田:まずは投資の仕方が変わってきます。以前は、余剰予算でドラマを作っていたような時代もあったんですけど、HBOと同じビジネスモデルにたどり着くには、彼らと同じようにしっかりとしたドラマ制作会社に制作を依頼することになるんです。その結果として、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』や『ナルコス』のような、濃いコンテンツが生まれてきました。ドラマを制作するシステムは50年も続いているので、Netflixとしてもその中でビジネスをしたほうがいいでしょうし、ドラマ制作会社の世界でもビジネスモデルが硬直してうまくいかなくなってきているので、放送とは違うビジネスモデルでお金を調達したいと考えています。そこでニーズが一致するわけですが、この制作システムを取り巻く状況の変化は、映画会社がテレビドラマを作るようになって成功し、今度はそのドラマ制作会社がネットにドラマを作るようになったという風に、ウォーターフォール型に変わっていったと見ることができると思います。

——『ハウス・オブ・カード 野望の階段』が日本のNetflixでは観ることができない理由についても、詳しく書かれていますね。

西田:同作が公開された2013年当時は、Netflixがまだ上陸していなかったため、世界配給の権利を持っているソニー・ピクチャーズが、日本のソニー・ピクチャーズに配給を依頼したからです。現在は完全に営業形態が変わっていて、Netflixは可能な限り世界配給の権利を持つようにしています。全世界配信をすることによって、一カ国あたりのコンテンツの調達コストを下げるというのが彼らのビジネスモデルで、その点においてHuluジャパンやdTVより有利であるといえるでしょう。

——本書の中では、ビッグデータの利用もNetflixなどの特異な点であると指摘していますね。

西田:ええ。しかし基本的に、ビッグデータが直接的にドラマの内容を決めるために使われているというわけではありません。ドラマを作るときに重要なのは、そのドラマを作るためにかかった費用がちゃんとリクープできるかどうかで、たとえば映画制作なら、その映画の興行収益がどれくらいで、ディスクがどれだけ売れて、何年間でリクープできるかを計算したうえで出資額を決めるわけです。日本だとドラマ1本でだいたい3000~5000万円なので、13本作ったら、3~5億円規模のビジネスになるんですが、アメリカのハリウッド型のドラマの規模だと、最低でもそれの10倍はかけています。それだけの規模の予算になると、もちろん失敗はできない。では、失敗をしないためにどうするかというと、制作者が出した企画がどれくらいの予算に匹敵するものなのか、たとえば観客が何年間で何人いるのか、こういう作品を好む観客はどういう環境で鑑賞するのか、ということを、ビッグデータを使ってきちんとリサーチするんです。そうすると、なんとなくウケそうだからお金を出してみようということがなくなり、逆にこの企画ならここまで出す価値があるということも見通せるようになります。

——投資の確実性を高めるということですね。

西田:そうですね。たとえば企画を決めているときに、主役候補がふたりいたとして、この人を選んだほうが確実だとか、こういう方向性でビジョンを考えているのなら、Aのプロットのほうがリクープが高いとか、そういう細かなところまでデータを軸に見るんです。ハリウッド映画の場合、彼らはファンドも含めて出資者から何十億ドルというお金を集めてビジネスをするので、そこで失敗をしないように、かなり長いリサーチ期間を必要とします。しかしNetflixの場合、あれだけの規模のドラマをハイペースで作っていく必要があり、そこでビッグデータが活用されるんです。ハリウッドの経験豊かといわれる人たちの勘に頼るのではなくて、自分たちのデータを使って話し合っていくところが、ハリウッド型とNetflix型の大きな違いといえます。

——ハリウッドのリサーチがかなり属人的な側面が強いのに対し、Netflixはデータに基づいて判断すると。

西田:ええ、そうです。一方でNetflixはプロデュース能力であるとか、企画をどういうふうに流すのかという部分に関しては、実証的にデータで判断しています。しかし、両者ともにクリエイティブに関しては属人的で、むしろ作品の自由度という点では、Netflixの方が優勢ではないかと考えています。というのも、Netflixはお金の回収方法がいままでのテレビドラマとは全く異なるんです。特に日本のテレビドラマの場合は顕著ですけど、たとえば月曜日の夜9時に放送があるとすると、この時間帯の視聴率は何パーセントなので、テレビのCMから得られる収入は幾らになって、そのテレビの収入から計算すると、このドラマに掛けられる予算は幾らまで、と決まってしまいます。しかも、ドラマを観ている人は視聴者だけれども、制作にお金を出したのはスポンサーなので、必然的に制作者たちには、スポンサーのほうを向いてビジネスをするのか、それとも視聴者のほうを向いてビジネスをするのか、という二律背反が起こるわけです。テレビが抱えている問題は、実はここにあります。本来は視聴者に向けて面白いドラマを作らなければいけないのですが、視聴者は視聴者でなにか表現に問題があると、クレームを制作者ではなく広告主に対して述べてしまうので、制作者は広告主に迷惑がかからないように、少しのクレームもつかないようなドラマを作ってしまうという、捩れた構造になっているのです。それでどんどん規制が厳しくなり、表現の幅も狭くなってしまうということが、いまの制作現場に起きています。そうなると、一本のドラマを作って、それをディスクにして売るとか、映画版を作るとか、多様なビジネス展開をする余裕もなくなってしまいます。そして、さらに予算の規模も限られていくという悪循環が起こるんです。

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