【漫画】歌舞伎町午前5時の牛丼屋で癒される? 『ホストと社畜』がくれる“何者でもない”居場所
自分とはわかり合えないと思っていた人たちの中にも、実は自分と重なる部分があるのかもしれない――。漫画『ホストと社畜』を読みながら、味噌汁を飲んだときのようなじんわりとしみる温かさを感じた。
河尻みつるによる『ホストと社畜』は、双葉社の雑誌「漫画アクション」にて2024年1月4日発売号(2024年1月16日号)より連載スタートし、シリーズ累計40万部突破。今年10月29日に最新巻の5巻が発売される人気日常漫画だ。
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物語の舞台は、午前5時の新宿・歌舞伎町にある牛丼屋。一日の仕事を終えたホストの蓮と、これから仕事に向かうシステムエンジニアの直人が、隣同士で朝ごはんを食べる。活動する時間帯も、職業も、これまで歩んできた人生も違うふたりが、わずかな朝食の時間を通じて、少しずつ距離を縮めていく物語だ。
ただの顔見知りだったふたりが、毎日話す朝食友だちになったきっかけは、共通して好きなアニメの存在だった。といっても、推しのキャラクターも違えば、物語のどこに心を動かされるかも違う。好きなものが同じだからといって、感じ方まで同じとは限らない。
それでも、いや、だからこそ、ふたりの会話は広がっていく。相手の感じ方に無理に合わせて盛り上がろうとしたり、感じ方を押し付け合ったりもしない。それぞれの違いを違いとして、そのまま面白がることができる。そんなふたりの間にある心の余白が、なんとも心地いいのだ。
そうしてふたりが距離を縮めていく過程には、今の時代らしい慎重さも垣間見える。長い間、お互いの名前さえ知らないまま、顔なじみになっていった彼ら。相手がどこの誰かを知らなくとも、今日もそこにいてくれる、その存在そのものが生活になじんでいったころ、ふとしたきっかけで直人が蓮の名前を知ることになるのだ。
「名乗り合ってもいないのに、名前を知っているなんて気持ち悪がられないだろうか」「知らず知らずのうちに、相手の領域に踏み込んで、不快な思いをさせたくない」――誰かとコミュニケーションを取るとき、そうやってさまざまな角度から気を配らなければならない息苦しさに、思い悩む直人。その真面目さと繊細さが、なんとも可愛らしく、同時に切実でもあった。
もちろん、気さくな蓮は直人を気持ち悪がることなく、名前を問い返す。その眩しい笑顔に、こちらまでホッとさせられる。だが、そんな温かな明るさを放つ蓮もまた、知らず知らずのうちに自分を抑え込み、笑顔のマスクを被ってしまうところがあった。無理をしているつもりはないのに、気づけば抱え込みすぎてしまうクセのようなもの。
人を不快にさせたくなくて人を寄せ付けない直人と、人に喜んでほしくて人を優先しすぎてしまう蓮。一見正反対に見えるふたりだけれど、相手を傷つけまいとする気遣いの裏側で、それぞれに生きづらさを抱えている。
「ああいうタイプの人には、自分の苦しさはわからないだろう」と、私たちはつい相手の肩書きや風貌から勝手に「自分とはわかり合えない人」と分類してしまっているところがないだろうか。けれど、ふたりが小さな共通点を見つけたように、私たちも誰かとほんの少しだけ重なり合えることがある。そんな関係に出会える幸福感が、この早朝の牛丼屋には満ちているのだ。
きっと、これまでも数々のエンタメ作品で、こうした関係は描かれてきた。仕事帰りに立ち寄る行きつけの飲み屋や、気の合うマスターがいる喫茶店、あるいは喫煙所といったように。けれど、お酒を飲む人も飲まない人も、タバコを吸う人も吸わない人もいる今、誰もが気軽に立ち寄れる場所は、案外、毎日通うチェーン店のようなところなのかもしれない。
朝の牛丼屋という間口の広さは、そのままこの作品にも通ずるところがあるように思う。働く人の悲喜こもごもを描いたお仕事漫画として共感する人もいれば、ふたりの、ひと言では言い表せない距離感にラブストーリーのようなときめきを感じる人もいるだろう。家族との関係に心を寄せる人も、都会で暮らす人間同士のほどよい距離感に救われる人もいるかもしれない。そんな、いろいろな角度から好きになれるポイントがこの作品には散りばめられているのだ。
だからこそ、誰かにこの漫画をすすめるときも、少し変わったすすめ方をしたくなる。「あなたはこういうのが好きだと思う」と決めつけるのではなく、「あなたはどこが好きだった?」と聞いてみたい。もしかしたら、自分がまったく気づかなかったところに心を動かされたかもしれない。どこにも刺さらなかったという感想さえ、聞いてみたい気がする。
同じ漫画を読んでも、好きになる理由は人それぞれ。その違いを面白がりながら語り合う。そんな楽しみ方まで、この漫画は教えてくれているようだ。それはまさに、直人と蓮が、同じアニメについて違う感想を持ちながらも、楽しそうに話している姿と重なる。
誰かと同じでなくてもいい。けれど、誰かと何かを分かち合えたら、やっぱりうれしい。これまで何となく自分とは合わないだろうと思っていた人。住む世界が違うと感じていた人。自分の抱えている生きづらさなんて、きっと理解してもらえないだろうと思っていた人。そんな人たちとも、もしかしたら、思いがけないところで心が通じ合うことがあるかもしれない。
そんなささやかな喜びが、毎朝変わらず出てくる温かい朝定食のように、この作品には用意されている。明日もここに来れば、きっといつもの味がある。そんな安心感と、今日はどんな話ができるだろうという小さな期待。そして、自分とはまるで違うと思っていた誰かとも、思いがけないところで心が通じ合うかもしれないという希望。『ホストと社畜』は、そのどれをも味わわせてくれる。
そして、読み続けているうちに、いつしか自分も毎話あの牛丼屋に通っているような感覚になる。今日もふたりがいつもの席で朝ごはんを食べている。自分にピタッとハマる話題が出てくることもあれば、そうでない日もある。でも、それもまた微笑ましい。
職業や年齢といった肩書きを下ろし、“何者でもない自分”に戻ってふっと息をつける場所。本作はそんな空間を描くと同時に、読む時間そのものが読者にとっての「もうひとつの居場所」になっている。
では、あのふたりのいる牛丼屋で。あなたとも顔を合わせられたらうれしい。
■書誌情報
『ホストと社畜』
1〜5巻発売中
著者:河尻みつる
価格:726円〜858円(税込) ※5巻特装版は2,970円(税込)
出版社:双葉社