還暦を迎えた鈴木保奈美が新作エッセイで明かす、虚勢を脱ぎ捨てた素顔「不完全でいいんじゃない?」

 女優の鈴木保奈美が、シリーズ第2弾となるエッセイ集『わたし、そんなにとんがってましたかね。獅子座、A型、丙午はめぐる』(中央公論新社)を上梓した。どこかバツの悪さを感じさせる、けれど愛嬌もあるタイトルが目を引く。

 2011年の本格復帰以降、特にここ数年は見ない日のないほどの活躍ぶりが伝わってくる鈴木。本好きとしても知られ、今年は還暦の誕生日に合わせて、フォトエッセイ『中途半端な旅人は語る』(小学館)とともに2冊を同時出版し話題を集めている。

 第2弾エッセイでは、外から受ける印象とは違う、ちょっとおっちょこちょいな一面も覗かせる。そんな鈴木が、自身について書くことで、「生真面目なところも抜けたところも、私の個性だからいいんじゃないかな」と思えるようになったと明かした。

タイトルは『獅子座、A型、丙午。Part2』でいいんじゃない?くらいだった

鈴木保奈美氏

――今回、還暦に合わせた出版となりました。

鈴木保奈美(以下、鈴木):出版社の編集者さんや、デザイナーさんなど、多くの方に力をいただきました。私も装丁をどうするとか、紙はどういうものがよいだろうとか、本づくりの過程に参加して、一緒にやらせてもらいました。そうして出来上がった一冊ですから、みんなで一つのプロジェクトをやり遂げたなという気持ちです。

――「あとがき」に、お誕生日には豪華なパーティではなく、お母様と乾杯したいと書かれていました。実際はいかがだったのでしょう。

鈴木:実際そんなにちゃんとはやってないですね。当日の出版イベントの時に、見に来てくれていたので、そこでみんなで乾杯しました。

――インスタグラムで、万年筆を買ったと報告されていました。鈴木さんはハガキや手紙など、手書きの機会も多いそうですが、日記を付けてきた習慣はありますか?

鈴木:日記は書いていませんね。続けられないタイプで(笑)。小学校の夏休みの絵日記ぐらいしか書いた記憶がないです。だから日常を文章で書くことはないけれど、万年筆は割と使っていて、好きです。仕事先にも持っていきます。台本に書き込んだりするので何本か、色を変えながら書き込んで。インクが減ると、補充するのが嬉しくて。ペン先がもう少し細くて柔らかいものが欲しいなとずっと思っていたので、じゃあ今回、還暦にかこつけて新調しようと。

――第1弾の『獅子座、A型、丙午。』に、今回のエッセイ内にも登場する「わたし、そんなにとんがってましたかね」というフレーズを加えた第2弾になりました。

鈴木:私自身は、本のタイトルをそこまで重要に考えていなくて、『獅子座、A型、丙午。Part2』でいいんじゃない? と思ってたくらいなんですが(笑)。最初に「連載しませんか」と声をかけてくれて、私の癖とか書き方を全部理解してくれている編集さんが、いくつか候補を出してくださって。そこから、ちょっと情けない感じが一番私らしいとこちらに決めました。

伝えたいことは、ちょっとずつでいいから

鈴木保奈美『わたし、そんなにとんがってましたかね。獅子座、A型、丙午はめぐる』(中央公論新社)

――ご自身の中でかつては「とがっていた」と振り返ったり、人との距離感が変わってきたなと感じることはありますか?

鈴木:20代の頃は、何も知らないただの学生がいきなり芸能界という世界に飛び込んで、ここでとがってないと悪い大人たちにいいようにされるんじゃないかとか、自分が痛い思いをするんじゃないかとか思っていたところはあります。精いっぱい虚勢を張って生意気に振る舞っていたなと。

――現在の鈴木さんには、「とがる」とか、虚勢を張るのとはまた違う、何か違和感を覚えたことに対し、端から拒絶するのではなく、一度立ち止まって自分自身で考えて言葉にしていく姿勢を感じます。

鈴木:世の中って大きなシステムの中でたくさんの人が動いていますよね。原因をつき詰めて「これが悪い、これさえ止めてしまえばいいんだ」と言い切って片付くことではないと思うんです。それではそこで終わってしまうだけですよね。たとえばハラスメント問題ひとつ取っても単純に善悪で解決できることではないのでは。誰でも当事者になりうるし、いろんな人にいろんな正解がある。時間の流れの中で、「そういうものだから」とこれまでは受け入れていたことも、「それだけじゃないよね」と知ってしまった私たちは、一歩引いて考えていくべきだなと思っています。

――相手に伝えることも難しいです。過去のレオタード写真にまつわるエピソードを書かれたエッセイが印象的でした(「レオタードの呪文」)。再使用を断った“真意”が、もしかしたら先方に伝わっていないかもしれないと。

鈴木:すべてを説明して伝えることは、現実的にはむずかしいですよね。でも「ここは違和感だったな」と感じたことを書くことによって、たとえば10人の方が読んでくださって、伝わって、そこから疑問を抱く人が増えていくきっかけにはなるかもしれない。伝えたい物事ってそうやってちょっとずつ、コツコツ広げていくしかないのかなと。やらないよりはやってみるほうが自分の気持ちに納得がいくというのもあります。

――お子さんとのエピソードもたくさん登場します。駐車券をなくした時の娘さんのひと言も印象的でした(エッセイ「駐車場の天使」)。

鈴木:「なんていいこと言うんだろう、この子」と。子供から習うことも多いですね。私が教えたわけじゃないのに、こんなにいいことを言えるなんて、どこで覚えてきたのと(笑)。

大好きな映画『ノッティングヒルの恋人』が教えてくれること

――鈴木さんは、生真面目なイメージを持たれることも多いと思いますが、エッセイを読むとおっちょこちょいな一面も見えます。

鈴木:性質は生真面目なんですよ。でも生真面目な人が何でもきちっとできるとは限らない。生真面目だけど、いろいろとすっぽ抜けてるみたいで(笑)。

――化粧水とうがい薬を間違えた話をきっかけに、メイクルームでみんなの“うっかり”告白大会になったこともあると(「ゲラゲラうがい薬」)。

鈴木:三浦しをんさんには「ウインナーが引き出しに入っていた」という話がすごくウケていました。

――情けない話を、自虐ではなく、明るく披露し合えるのはいいですね。

鈴木:ね、楽しいですよね。私、『ノッティングヒルの恋人』というジュリア・ロバーツ主演の映画が大好きなんです。そこに、みんなで食事をした後、自分の一番ダメな話を披露し合って、一番酷かった人がデザートの最後のケーキを食べられるというシーンがあって。「こんなに駄目なんだよ」と自慢し合う、素晴らしいシーンなんです。

 イギリス的でシニカルな場面なんですが、ダメなところさえも、その人の個性であったり、その人の人生を形作ってきた要素なんだと。すべてを含めてお互いを愛する空気があるんです。そうした関係性は、本当に素敵だなと。

生真面目なところも抜けたところも、私の個性だからいいんじゃないかな

――自分から周囲に話しかけるよう心掛けると、話しかけられる機会が増えたそうですね。

鈴木:もうカッコつけられなくなってきて、開き直ったのかな(笑)。素敵な人だと思われたいとか、正しいとか、間違ってない、間違っちゃいけないとか、嫌われないようにしようと、どこかで思っていたのだと思います。だけど、こうやって情けないところも書いているうちに、生真面目なところも抜けたところも、私の個性だからいいんじゃないかと思えて。不完全でいいんじゃない? と。変なおばさんと思われても別にいいや、実際、変なおばさんだしと(笑)。そうやってコミュニケーションしていって、現場でもみんながリラックスできればそれでいいんじゃないかと思えるようになってきたら、楽になりました。

――かつては、女優さんがご自身のことを書くエッセイについて「いいのかな」と思われていた時期もあったそうですが。

鈴木:20代の頃にも、少し書かせてもらったことがあるんです。そのとき周りには、「女優はお芝居以外で自分の考えを発言する必要はない」という方もいて、「そうなのか。じゃあ女優らしくいなければいけないのかな」と思っていた時期もあります。でも、例えば沢村貞子さんや高峰秀子さんといった方々も書いてらっしゃるんですよ。

――たしかに! 大先輩方も書かれていますね。

鈴木:それも瑞々しく、柔らかい文章を書いていらして、とても素敵なんです。私もなにか書きたいし、素敵な先輩もいる。「じゃあ私も」と、書いていいことにしました(笑)。

■書誌情報
『わたし、そんなにとんがってましたかね。 獅子座、A型、丙午はめぐる』
著者:鈴木保奈美
価格:2,090円
発売日:2026年8月7日
出版社:中央公論新社

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