注目のブックビジネス【後編】「好きなもので共鳴し、本のコミュニティを生み出す」ALL REVIEWS社長・由井緑郎の思い

 ちょうど取材当日の夜、「ふらっと神保町」主催のイベントがPASSAGEで開催されるとのことで、創立メンバーの一人である中野健太郎さんがやってきた。設営にとりかかる中野さんにお時間をいただいて話を伺った。 

――「ふらっと神保町」はどんな活動をしているんですか?

「ふらっと神保町」創立メンバーの中野健太郎さん

中野:学生と街(神保町)の繋がりを作るためにメディア発信やイベントづくりをしています。大学4年だった去年の5月頃、Twitterで学生に向けて呼びかけて始めました。僕は今年の春から社会人になりましたが、後輩の現役学生と協力しながら、仕事と並行して活動を続けています。 

――どうして学生と神保町の繋がりを作ろうと思ったんですか? 

中野:大学3年のときにコロナ禍になって、神保町のキャンパスに1年間通えなかったんです。想像していた神保町での大学生活を楽しめないのであれば、「なら、自分で始めちゃえばいいじゃん!」と思い立って始めたものが、「ふらっと神保町」です。そして、学生の居場所となるようなリアルな空間、つまりサードプレイスを神保町に作ることが、当時の大きな目標でした。活動していく中で、鹿島先生の『神田神保町書肆街考』という本に出会い、鹿島先生とつながりを持てたら神保町の活動が広がるかもしれないと思って、友の会に入りました。そこでPASSAGEができる話を聞いて、クラウドファンディングの話が出たとき、神保町にリアルに集まれるサードプレイスを作りたいという自分の考えが実現できるかもしれないと考え、プロジェクトリーダーに立候補しました。 

由井:僕も中野くんが作りたがっているサードプレイスにつながったらいいなと思ったのですぐに任せました。 

――どんなサードプレイスを作りたかったんですか? 

中野:学びと交流の場みたいなかんじです。僕、大学生って、講義とは別に、みんなで集まって自分たちの関心があることを学んでいるものだと思ってたんです。でも、大学に入ってみたら、そんなものなかったから(笑)。 

 クラウドファンディングでは「神保町を共通言語に、出会いや発見が生まれるコミュニティを築きたい!」と呼びかけ、PASSAGEでのイベント企画や講演実施の際の機材・備品購入費用を募りました。そこで集まったお金とPASSAGEの空間を「ふらっと神保町」が使わせていただいて、研究者や書評家の方々などに登場していただくイベントを月に1回のペースで自由に企画・運営させてもらっています。今夜はハーバード大学大学院で文化人類学研究者として神保町古書街を研究するスーザン・ティラーさんをゲストにお迎えします。

取材当日夜にPASSAGEで開催された「ふらっと神保町」企画イベントの様子。会場参加とオンライン配信両方で実施された

――純粋に知を共有する場としてのサードプレイスを書評家が集まるPASSAGEで実現できたなんて最高の環境に恵まれましたね。 

中野:由井さんは僕たちの意思でやらせてくれて、いろんなチャンスを与えてくれました。違う人間になったと感じるくらい大きな経験になっています。

由井さんと中野さんがパソコンを置いているテーブルで、由井さんはじめPASSAGEスタッフの人々はいつも仕事をしている。搬入に来た棚主がここでPOPを作るなど作業をしていることも。由井さんがやりたかったコワーキングスぺ―ス的な雰囲気だ

由井:クラウドファンディングは僕にとっても大きな経験でした。人が資金を直接くれるっていうのはすごいことです。 

 PASSAGEって直接性から感動が生まれていると感じるんです。たとえば猪瀬直樹さんとか俵万智さんとか、著書が何万部も売れている方が「PASSAGEで自分の棚から1冊売れることが飛び上がるほどうれしい」とおっしゃっている。直接何かが動くっていうのは、なんだかすごく感動的なことですね。 

――PASSAGEは、約360の棚がほぼ埋まっているそうですね。棚主同士のコミュニケ―ションはあるんですか? 

由井:棚主さん同士で共同フェアを開催したり、本の見せ方をアドバイスしあったり、適度な距離のゆるやかなコミュニティができているかんじですね。交流会もたまに実施しています。

PASSAGEは二人だから作ることができた

――由井さんが、ある日の深夜、棚主の一人であるフランス文学者の高遠弘美さんとのTwitter上でのやりとりでこんなことを書いていました。 

「父の生き方を受容できるまで実はずいぶんかかりました。まだよくわかっていないのですが、それでも仕事を一緒にするとエキサイティングで、あと何年できるかわからないことなので、今をやりきりたいと思います!」 

「思えば、良いものには良いと言い、好きなものを極める、魔人的な何かが彼で、わたしはそこに至れないので、楽しさや協調、自由、尊重を「加える」まさにchacun sa vie的なものを追究しており、二代で作った空間がPASSAGEであると感じます。」 

由井:深夜だったので自己開示してしまったかんじですね(笑)。 

――鹿島さんのエッセイ集『子供より古書が大事と思いたい』所収の同名エッセイは、由井さんの子供時代のエピソードですね。鹿島さんがフランスにいた頃、車に乗って家族旅行に出かけ、いつも古書蒐集で頭がいっぱいの鹿島さんは案の定、古書を買い込みすぎて車内に2人の子どもたちが座るスペースがなくなった。1人は積み上げた古書の上、1人は夫人の膝の上に乗せ、宿を探して彷徨った。「まったく、子供たちにこんな不自由な思いをさせても古本を買い込まずにはいられない父親というのは、いったいどんな野郎なのか一目顔を見てみたいものである。」とご自身で書いておられるとおり、鹿島さんはなかなか大変なお父さんだったかと想像します(笑)。古書の上に座ったのが由井さんですか? 

由井:それは兄で、僕は母の膝の上のほうですね(笑)。 

 父――鹿島さんは、一般的には偉い人ですけど、すごく変わった人なので。古書蒐集で借金を億単位でこさえたりしてましたし、子煩悩なタイプというわけでもない――。でも、彼が子煩悩だったら、彼はたぶん彼たりえなかった。自分が子どもを持って、いろんな責任をもってみて初めてそういうことがわかったんですけど。それを考えると、彼の生き方はよかったのかな、と今は思います。 

 子どもって、父親のようになりたい、父親を超えたい、って思う時期があるじゃないですか。僕は大学生の時でしたが、同じ土俵では絶対に超せないなと思い、自分の道を探して広告代理店に勤めたりWEBの仕事をしたりするうちに、そのことに縛られる必要はないかな、って考えるようになりました。 

 父の生き方を受容するプロセスって自分でがんばるしかない。そうして僕がたどりついた正解が、自分がベストに生きるには、持てる資産として彼を自分のやりたいように使おう、と。鹿島茂バットをフルスイングです(笑)。それが、鹿島さんがプロデュースし、僕が経営するALL REVIEWSとPASSAGEです。

PASSAGEの鹿島茂さんの棚の一つ。鹿島さんの蔵書が売られている

由井:彼の生き方ってすごくはっきりしていて。書評もそうですけど、自分の好き嫌いだけでやりきっている。おべんちゃらを使わない。特権的なところが一切ない。そういうところはすごくかっこいいなと思います。鹿島さんが自分の好きを徹底的に追求する人生を歩んでいるとしたら、僕は場づくりタイプの人間ですね。めちゃくちゃ好きなことがあるかって言われたら、ない。僕がやりたいことは、自分も楽しくやりながら、何かを好きな人たちが楽しくいられる場を作ることですね。みんなが楽しそうにしているのを見ているのが一番いいなぁ、って思います。ちょうど先日、棚主さんの依頼で、父とのことについて初めて文章を書きました。 

――由井さんも鹿島さんも互いにやりたいことをやっている。ALL REVIEWSの書評家もPASSAGEの棚主も自分が好きなことをやっている。――由井さんと鹿島さんお二人だからこそ、みんなが好きなことをやっている稀有な集合体を生み出せたのですね。

PASSAGEの棚の一つ「青熊書店」。青森出身の夫と熊本出身の妻がそれぞれの県に関する本を並べている

 

棚主たちとのコラボレーションの場

――3階に準備中の「PASSAGE bis」のコンセプトは「自分が好きなものを売る」と鹿島さんはおっしゃっていました。自分の「好き」を表明することって日常ではなかなかない。むしろ人間関係や組織の中で押し殺さざるをえないことが多いかとも思いますが、PASSAGEは「好き」を表明しあい、共鳴しあう場ですね。由井さんは「PASSAGE bis」をどんな場所にしたいと考えていますか?

由井:棚主さん同士でお酒や珈琲を手に本について語れるPASSAGEらしい空間を考えています。たとえば、棚主の翻訳家・鴻巣友季子さんはワインがお好きだからおすすめのワインを出していただいたら楽しいだろうし、とある棚主さんはもともとUCCの方なので「ホラー小説好きの人向けの珈琲」みたいなものを自家焙煎したいとおっしゃっていたり。 

 PASSAGEってコラボレーションの場だと思っているんです。すでに360人いる、自分の「好き」を持っている棚主さんたちとのコラボレーションによって生まれる何かを僕は楽しみにしていますね。

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