GANG PARADE THE LAST ROAD Vol.10:ユメノユア「代わりとなるものを探す旅をしなきゃいけない」 愛と悔しさ、静かな眼差し

やめていくメンバーを引き止めなかった理由

――POPよりも3カ月くらい前に始動した、ほぼ同期であるBiSHはメジャーデビューして、ライブの規模もどんどん大きくなっていきましたよね。そのことに関しては、どのように感じていました?

ユア:悔しかったんですけど、アヤがいた頃の7人のギャンパレとBiSHの対バンがあったんですよ。LIQUIDROOMでの『THE DUEL』。その時にあんまり負けた気がしなくて、結構いい手応えを感じたのを覚えていて。先に行くBiSHの背中を見て「デカい存在だな」と思いつつも、「自分たちも確実にGANG PARADEというものをできているよな」みたいな自信はありました。

――サキさんがトレードから戻ってきたのは2018年3月。サキさんがいる久しぶりの体制はいかがでした?

ユア:やっぱり安心感がありました。

――そして、そのちょっと後のオーディション合宿で月ノウサギさんとハルナ・バッ・チーンさんが加入。メンバーは9人になりました。

ユア:合宿を観ながら、月ノのすごく真面目でまっすぐな部分と、ハルナの奇想天外な動きを感じ取っていたので、あのふたりが入ってくることに対してネガティブな印象はなくて。「また愉快な仲間が増えたな」という感じで思っていました。不安はなかったです。

――メジャーデビューまでには、時間がかかりましたよね。

ユア:BiSとBiSHのレコード会社とはタッグを組めなくて、それ以外の会社はあと数社。「そうなるとなかなか難しいよな」と途中から気づきました。

――メジャーデビューは、9人になってから約1年後の2019年4月でした。

ユア:嬉しかったです。インディーズのT-Paletteにもすごくお世話になって、恩もいっぱいあるんですけど、「音楽やる!」と決めてこの業界に飛び込んだので。“メジャーデビュー”というものに対する憧れもありましたし。

GANG PARADE「ブランニューパレード」MUSIC VIDEO

――メジャーデビューの翌月の野音でナルハワールドさんが加入して10人になり、ライブや曲のリリースのほかにも、根本宗子さんの舞台『プレイハウス』に出演したり、デビュー1年目はかなり濃密な日々でしたね。

ユア:充実はしていたんですけど、思ったよりも自信を喪失していたと思います。たとえば、野音(日比谷野外大音楽堂)のライブでチケットがギリギリまで売り切れなかったり、遊び人の数が急激に増えたわけでもなかったので。そういうのを目の当たりにして、そんなに華々しいメジャー1年目ではなかったです。シングルは結構売れたので表彰状をいただいたりはしたんですけど、焦りがありました。それがあったから、サキちゃんがやめるということに至ったんだと思います。

――サキさんがやめる時、その予兆のようなものは感じていました?

ユア:2019年の夏くらいに「ちょっと悩んでるんだよね」みたいな話をしたことがたしかあったと思うんですけど、「やめる」と言われた時は「今なのか」と思いました。サキちゃんは「ギャンパレに自分が必要なのか悩んでしまった」って。それも理由だったとは思うけど、ひとりの女の子として自分の人生を見つめた時に、アイドル以外の表現だったり、やりたいことがほかにでき始めたんじゃないかなと思って。いろいろ重なったからやめることにしたのかなと、私は想像しています。

――GANG PARADEを始めた人であるサキさんがやめるのは、すぐに受け入れることができました?

ユア:受け入れられなかったし、「なんで?」とは思いました。渡辺さんにも「なんで止めないんだ」って怒られたけど、私はやめていくメンバーを何人も見てきたし、一度「やめたい」と思った人は続かないと思っていて。またどこかで心が折れてしまうだろうし、別の選択肢を見つけてしまったのであれば、いつかまたそっちに行きたくなってしまうと思ったんです。だから、引き止めることはしなかったです。

違うから面白いはずのものが認められない。世間とのズレを感じて、もどかしかったです

――サキさんがやめることが2020年に入ってすぐに発表されて、その後にハルナさんが脱退。そしてコロナ禍が始まって、ギャンパレがGO TO THE BEDSとPARADISESに分裂。2020年は、いろんな変動が続いた1年ですね。

ユア:そういう年だったんだと思います。何かの変わり目というか、悩む年ってあるので。

――あの頃、コロナ禍によってライブが思うようにできなくなっていましたよね。ツアーも、サキさんのラストライブも延期になりましたし。

ユア:「どうやって食べていくんだろう?」と思いました、切実に(笑)。まわりの音楽をやっている人たちも含めて「ここからどうやって生きていくんだろう?」と思っていましたし、私も収入が減りましたし、「バイト生活かなあ?」と思いながら過ごしていました。

――ギャンパレの分裂、ユアさん自身はGO TO THE BEDSとしての活動が始まったことに関しては、いかがでしたか?

ユア:アイドルはアーティストではないので、事務所やレーベルの意向でしか動けないと私は思っていて。なので、渡辺さんの一声でそうなったのならば、そうするしかないな、って。「ギャンパレに戻れる可能性がちょっとでもそこに残っているな」と感じたから、逆に「ありがたいな」というのも思いました。サキちゃんがやめた時点で解散ということになってもおかしくなかったから、「まだ音楽をやらせてもらえるんだな」と思って。

――分裂していた時期の2021年5月、延期されていたサキさんのラストライブがありましたよね。ギャンパレとして久しぶりだったあのライブはいかがでした?

ユア:1年越しでサキちゃんのライブを実現するために動いてくれた遊び人のみんながいっぱいいたので、まずは感謝の気持ちがすごくありました。GANG PARADEとしてステージに立てたこともすごく楽しかったけど、「サキちゃんとやるのは最後なんだな」と思うと涙があふれました。

――分裂期を経てGANG PARADEが再始動したのは2023年。元日に新聞広告を見てメンバーも再始動を知って、翌日にいきなりライブという急展開でした。

ユア:再始動は嬉しかったです。その時、私は(トレードで)PARADISESだったけど、GO TO THE BEDSにも思い入れはすごくあったし、大好きなグループだったんですけど、みんなで戻ってまたギャンパレができる喜びは大きかったですね。

――再始動直後の合宿を経て、メンバーは13人になりました。

ユア:さすがに「まだ増えるんだ?」とは思いましたね(笑)。私たちは与えられた環境で頑張るしかないので。

――LINE CUBE SHIBUYAでライブをやるようになって、新たな成長期となったタイミングだと思います。

ユア:そうだったらいいなと思います。13人での活動に手応えみたいなものを感じてなくはなかったですけど、「何がGANG PARADEとして正解なんだろう?」っていう迷いは正直なところありました。いろいろ変わりすぎて、昔の「よかった」とされていることが時代とともに変わっていき、「自分たちの魅力とか強みって何なんだろうな?」って考えていました。私は13人の時に「これだ!」みたいなものを、そんなに見つけられなかった。個性豊かなメンバーが集まっているのは強みだと思ったけど、パフォーマンスとしての武器、13人でしかできないことを形作っていった時期にメンバーがまたやめてしまって。「これが強みになるかな?」って思ったものが定着する前に11人になったから。

――ライブ会場の規模で言うならば、もうひと回り大きくなることはできなかったというか。

ユア:悔しさはありましたね、めちゃくちゃ。「何が足りなかったんだろう?」とは思うけど…………。

――ロックバンドとの対バンがいろいろあったり、フェスに出演したり、バンドマンから認めてもらうことは増えていたと思います。

ユア:そうですね。アイドルファンではない音楽ファンのみなさんにも「また観たい」「面白かった」と言っていただくこともあったので。たくさんの方々に曲を提供していただいた『GANG RISE』も、いい作品だったと思います。いろんな方々とやらせていただく機会が増えて、「ギャンパレ面白いじゃん!」って世間に言われ始めていた時に解散の話があったので、全部の歯車が上手く噛み合わない感じがありました。悔しいというか……もどかしかったです。いい音楽、ギャンパレにしか表現できない音楽をやっているはずなのに、時代が変わってきてしまって、違う方向性のアイドルが世間的には流行り始めて、違うから面白いはずのものが認められない。自分がこんなにも好きなものが認められない感覚ですよね。世間とのズレを感じて、もどかしかったです。

関連記事