菅原圭、表現の階段を駆け上がる現在地 『黄泉のツガイ』ED「孔雀」で自ら更新した“菅原圭像”を観て
7月4日に放送開始したTVアニメ『黄泉のツガイ』第2クール(TOKYO MXほか)が最終回を迎えた9月19日、東京・Kanadevia Hallで行われた菅原圭の新曲「孔雀」のリリースパーティー『Kei Sugawara Release Party "孔雀"』。菅原圭は、『RADAR:Early Noise 2022』に選出されるなど、注目を集めてきたシンガーソングライターだ。スタイリッシュなサウンドのなかに蹲る、子どもと大人の感情の狭間を彷徨うような淡い歌声。そこからなんとなく形作られていた“菅原圭像”が、この日あっさりと上書きされることになるとは、公演前には思ってもみなかった。
まず鳴らされたのは、同作のオープニングテーマを担当した音田雅則の「back shot」のカバー。シングル「孔雀」のカップリングとして収録され、『黄泉のツガイ』のストーリーの根幹にある双子の兄妹関係を仄めかすような、ギミックが重なる曲でもある。ステージ中央に設けられたカーテンで覆われた空間。そこに本イベントのキービジュアルとなったオリジナルイラストを模した菅原がシルエットとして映し出された。情熱的なスパニッシュサウンドに乗る、切迫感に駆られたボーカルが響き渡る。映像演出によって、目まぐるしく移ろうシルエットと多彩な表情を見せる歌声は、シナジー効果を発揮。あっという間に空間を巨大なミラーボールにしてしまう。
シティポップが香る「夜の惑星」が流れ出した時、「そうそう、菅原圭といえばこのグルーヴ感だ」と安易に頷いていたのも束の間、〈30分じゃ足りない貴方 夜の惑星にご入居です〉と満開の笑顔が連想される歌声に存在する包容力には、瞬時に耳を奪われた。喜びや悲しみから形容しがたい感情までが並ぶ感情の本棚から、言葉一つひとつに合わせた一冊を取り出し、声へと落とし込んでいくようでもある。菅原圭は、その先に“聴いてくれる誰か”をしっかりと描き出そうとしている。言葉の温度を素通りしない繊細な歌声が、やけにそう思わせた。
波打ち際に立っていたはずのフロアの足元の砂を少しずつさらい、元居た場所よりも海の深いところに連れていく、寄せては返す波のよう。気づくと、菅原圭の歌世界にどっぷりと浸かっていた。グルーヴィーなメロディラインだけでも十分に成立するほど、洗練されていて心地好いが、デビュー曲「フライミ」で思い知った。言葉があって初めて、菅原圭らしさをまとった曲になるのだ、と。
内なるプリンセスが顔を覗かせた「キラッテラッテ」。「ABAKU」では、極限まで絞り出したハスキーボイスを差し出しながら踊る。その流れでいい意味でイメージを裏切られたのは、イントロで快活な声が弾けた「bitter」だった。影で映し出されるポップな衣装のシルエットといい、音源だけでは知り得ないかわいらしい心が強調される。ボーカルを楽器さながらに遊ばせたビッグバンドジャズ「熱帯夜」とのコントラストも目立った。ハッとさせられることばかりのその歌声は、蓋を開けてみないと中身がわからない箱のようだ。
観客とドリンクを手に乾杯してから、「それでは、のんびり聴いてくださいね」と前置きし「zoo」へ。ライブ仕様にアレンジされたアコースティックなサウンドスケープに沈み、菅原の歌声が煌めく。とりわけ忘れられないのは、ここまで誰かのために歌声を演じてきた菅原自身が、思いがけず自らの言葉と感情に呑まれ、涙に揺れた「シャワールームランデブー」。誰かをただひたすらに想うこと。その想いの強さが、明瞭に表れた瞬間。子どもと大人の狭間を彷徨うような歌声に、たまらなく愛おしさを感じたとともに、この揺らぎをもう少し聴いていたいと思った。チルなムードに切ないシロップを溶かしたような「レモネード」や人の別れをシネマティックに描いた「onn」、ギターサウンドに青さが滲む「crash」まで、上昇した体温が途切れることはなかった。
生活の一部だった作品に、大好きな音楽を通して関わることができた。夢のような奇跡に対する驚きと、作品への熱意、そして感謝を噛みしめながら口にする。アンコールはないことも告げると、フィニッシュに向けて「ORACLE」からギアをくいっと上げた。〈くだらない愛で あなただけの星になりたい〉。旧知のメイトでもある春野の綴った言葉が、ステージに立つ菅原圭のあり方を言い当てているように思えてならなかった。
ファンクネスな「ハイセンス=ナンセンス」は、制御不能なアトラクションだ。がなりもさることながら、バックバンドによる圧巻のソロ回しへつなぐために空間をデザインするフェイクが泳いだ。「歌う」と言い切るには惜しい。それよりも「踊る」のほうがしっくりくる。そして最後は、やはり「孔雀」。リズミカルなフロウが咲き乱れた。これまでの菅原圭像とは毛色の異なる、華やかでロックなナンバーで、またひとつ表現の階段を駆け上がっていく。洗練されたクールさの、その深奥にあるもの。想像以上に、その歌声は軽やかで、あたたかく、柔らかい。メロウなサウンドトラックにも流れる、やさしい体温が確かに残っていた。