SUPER BEAVER 渋谷龍太、ハルカミライ 橋本学、SIX LOUNGE ヤマグチユウモリ……屈指の歌声を持つボーカリストたち
SUPER BEAVER・渋谷龍太
最後に取り上げたいのは、SUPER BEAVERの渋谷龍太(Vo)だ。SUPER BEAVERはメジャーシーンを経験した後、ライブハウスへ立ち返り、自分たちの足で全国をまわり続け、楽曲のリリースを重ねてきた。この“音楽を信じて続けた”姿勢、挫折を経験したからこそ真実味を宿した柳沢亮太(Gt/Cho)の歌詞、そして圧倒的なライブパフォーマンス。そのすべてが多くの人の心をつかみ、メジャー再契約を経て、初の東阪ドーム公演のチケットを即完させた。
渋谷の歌声は、どの音域でも密度が変わらず包容力があるのが魅力だ。中低音域の豊かな厚みを保ったまま、高音域まで地声の芯が揺らがない。そしてもうひとつ特徴的なのは、どんなテンポでも、言葉が多少詰め込まれていても、歌声に忙しなさがまったく感じられないところだ。「生きがい」では、その魅力が存分に発揮されている。渋谷はフレーズの終わりまでしっかりと響きを保ち、一節ごとに言葉を置いていくように歌う。そのため、ひとつの言葉が終わるたびに余韻が生まれ、聴き手は歌詞を受け止める時間を持つことができる。サビも力任せに高音に移行せず、段階を踏んで開放感を表現することで、楽曲の持つ感情を大きく解放していくのだ。軽快なカントリーを彷彿とさせる「アプローズ」では、リズムを転がすようにメロディを紡いでいる。一単語の中でメロディの高低を行き来する部分が多々あるが、言葉の輪郭は少しもぼやけることなく、忙しなさも感じさせない。だからこそ、渋谷の歌には一切の曇りがなく、彼が歌っている姿が聴く者の目の前で立ち上がるのだ。
そして、この“人が歌っている感覚”こそが、SUPER BEAVERの歌詞が、聴き手の心へ深く届く理由になっているのだろう。SUPER BEAVERの歌詞にあるまっすぐな言葉は、大きな会場で何万人に向けて歌われていても、不思議なほど“自分に向けられた言葉”のように響くのだ。聴き手が自分の物語を重ねられる余白を、渋谷は必ず残している。こうした歌への向き合い方が、SUPER BEAVERの歌を“聴く言葉”から、一人ひとりが“受け取る言葉”へと変えている。
3人の歌唱スタイルは異なるが、その根底には共通するものが感じられる。それは、ライブハウスという場所で、目の前にいる人へ歌を届け続けてきた時間の積み重ねだ。耳を掴む声質、感情を動かす発声、記憶に刻まれる余韻。その積み重ねが、ライブハウスから日本武道館、横浜アリーナ、東阪ドームという大きな景色へバンドを導いてきたのだろう。ロックボーカルの“強さ”とは、一人へ届ける歌声を、何万人の前でも変えずに届け続けられることなのだ。ヤマグチユウモリ、橋本学、渋谷龍太というボーカリストは、そのことを何より雄弁に物語っている。