『岩里祐穂 presents Ms.リリシスト〜トークセッション vol.5』

岩里祐穂×坂本真綾が語り合う、それぞれの作詞の特徴と楽曲にこめた思い

 作詞家・岩里祐穂によるトークライブ『Ms.リリシスト〜トークセッション vol.5』が、2月3日に開催された。岩里の作家生活35周年記念アルバム『Ms.リリシスト』リリースを機に、あらゆる作詞家をゲストに招き、それぞれの手がけてきた作品にまつわるトークを展開してきた同イベント。第5回を迎えたこの日、ついに最終回を迎えた。

 イベントのラストを飾るゲストとして登場したのは、坂本真綾。アーティスト・声優として活動している坂本は、自身の楽曲の作詞にとどまらず、他アーティストへの楽曲提供も行う作詞家としての顔を持つ。8歳から子役として活躍し、1996年のシングル「約束はいらない」で歌手デビュー。その作詞を岩里が担当して以来、二人は20年以上の付き合いとなる。

 今回は特別編として坂本真綾の楽曲に限定したトークが展開された。リアルサウンドでは、そのトークライブの模様の一部を対談形式で掲載。岩里と坂本だからこそ言及できる赤裸々な思いや、反対に近しい仲だからこそ今まで語られることのなかった歌詞にこめられた本質の部分が明らかになるなど、貴重なトーク満載でお届けする。(編集部)

坂本真綾「パイロット」(作詞:坂本真綾)

岩里:まずは初期の作品から見ていきましょう。今回改めて作品を見ていて思ったんだけど、真綾ちゃんってキャリアもうずいぶん長いのね。

坂本:そうですね。先生ほどではないですけど、20年くらい。

岩里:私が1曲目に選んだ「パイロット」はド初期の作品ですね。私、この曲が大好きだっていろんなところで言っているんですけど、1998年、真綾ちゃんが18歳のときに作った『DIVE』という2枚目のアルバムに入っていた曲ですね。最初のアルバム『グレープフルーツ』の頃は、まだかわいい詞を書いていたんですよ。普通目線で逆にまとまっていたというか。

坂本:だって16、7ですからね。狭い世界の中で詞を生み出していました。

岩里:『DIVE』のときは、菅野よう子さんが書いた曲を山分けするみたいに二人で振り分けて詞を書いていったの覚えてる?

坂本:覚えてます。私はその中でもこの曲が1番好きで、自分で詞を書きたいと思ったんです。

岩里:みんなは反応してたけど、私はこの曲、自分では難しそうだなと思って。でも詞がついて出来上がりを聴いてすごいって思ったの。

坂本:このアルバムの曲の中で1番最初に書いた詞でもありましたね。

岩里:私の坂本真綾体験の中で最初の衝撃の作品でした。

坂本:岩里さんがこの詞が好きっていうのは聞いたことはあったんですけど、こんなに具体的に何かおっしゃっていただくのは今回が初めて。

岩里:まず最初、この<パイロット>というタイトルに「はい?」って思ったわけ。

坂本:そうでしょうね。

岩里:一生懸命想像力を働かせながら、ようやく自分なりの把握ができたんだけど。あいまいな表現、そして何通りにも取れる描き方をしているんですね。私がこの詞から捉えたストーリーを今から言うけど、違ったら言ってね。

坂本:はい。どうぞ。

岩里:質問もあり?

坂本:どうぞ。

岩里:この<白い線で描いたマルの中で>ってヘリポートみたいなこと?

坂本:何とでも受け取っていただいていいんですよね。

岩里:やっぱりそうくるか。そうくるかなとは思ったけど(笑)。

坂本:その話も今し始めていいですか?

岩里祐穂

岩里:いや、聞く前にもうちょっと言わせてもらいますね。好きな女の子を救ってあげたい状況なのかそれとも友達同士なのか。今のこの世界からちょっとエスケープしたいな、逃げ出したいなって思っている高校生くらいの男の子と女の子が屋上で寝ころんでいる話?

坂本:屋上だってよく分かりましたね。書いてないのに。

岩里:屋上も書いていなければ空も書いていないんですよ。

坂本:本当だ。

岩里:<上を見て笑う>、空でもいいのに上って書くのかと。全然限定していなくて。

坂本:当時ってそんなに技術的なことは考えていないんです。ただ、感覚的なものでしかない。

岩里:そうなの? あと時間の設定も書いていない。放課後かもしれないし、昼休みに2人でちょっと屋上に上がってみて寝ころんだのかもしれないし、夏休みにちょっとこっそり学校に入って上った屋上かもしれないし。そのあたりはどう?

坂本:どっちかっていうと国も場所もあまり限定して書いてはいないんですけど、イメージは若い恋人同士で。……今言っていいですか? いろいろなことを。

岩里:いいですよ。

坂本:当時、曲を聴いて1行目から書いていったんですよ。<白い線で>から浮かんできて本当に作文を書くように1行目、2行目、3行目って書いていったんです。当時聞いた話で本当かどうか裏は取っていないんですが、白い線で地面にマルを書いてそこにニワトリを入れると、その白い線からニワトリが出られなくなるっていう話を聞いたんです。檻とかがなくても自分で出ないっていう習性があるみたいで。

岩里:えっ、ニワトリの歌だったの?

坂本:ちがいますよ!とにかく、自分はまだ当時18とかで、まじめに学校に行って学校以外には仕事もするけれど、例えばうちの家庭は普通の同級生の子よりも厳しくて、門限も「暗くなったら帰ってこい」とか。そんな高校生いないですよ、当時。髪の毛を茶色くしたアムラーばっかりの世の中で。みんな夜遊びもしてて。

岩里:うん、そういう時代でしたね。

坂本:ピアスを開けるのはダメだよって言われてもやるような人たちがいる中で、今でもそうだけどそういうことをしない人だったんです。門限を破って帰ってきたらものすごい怒られるとか怒鳴られるとか、そんなこともないんです。だけど、何となくルールを破れない性格の自分がいて、それがつまらないなって思っていました。自分には勇気もない。線で描かれてしまったマルから出られないタイプの人間でその一歩が出ない。例えば恋人と本当はもう少し一緒にいたいと思っていても帰るし、誰かが悲しむようなことはできないなって思って門限を守っていました。

岩里:なるほどね。

坂本:あと、詞を書くとき、何となく曲を聴いていたら色とか風景がパっと出て、それから書き始めることがあって。この曲では、ヘリみたいなものでバババババババって飛びながら空撮をしていて、その先に東京の街のビルがいっぱい立っている景色が広がっているみたいな映像が浮かんで。

岩里:上から見ているわけね。

坂本:でも新宿の高層ビルじゃなくて、中野とか練馬とかの街のビルの上を飛んでいる中に白い線のマルが見えたんです。よく学校のグランドに白い粉で書いていたような。

岩里:ああ、私も思い浮かべたとき、グランドかもしれないなとも思った。

坂本:そういう大きいヘリポートぐらいの大きさの線で書いたマルの中に男の子と女の子が寝っ転がっている抽象的な絵が見えたんです。それで書き始めたのがこの曲。

岩里:エスケープしたいけどできない、ルールを破りたいけどできない自分がいるというのは、普通の子の普通の感情ですよね。大半の人がそうだと思う。だけど、だからこそ、そういう当たり前の心の機微を描こうとするほど、詞は逆に難しいんだよね。例えば振り切って大人に対する反抗を書く方が書きやすいかもしれない。でもそうではなくて、そこに憧れている気持ちもあるけど、決して自分にはできないっていうこと。それをこの曲がどう書いているかというと、<別に高い壁なんかなくても僕らは決まりを破ることなんてしないね>と、Bメロの部分なんですね。<僕たちは悲しいことにあんまり慣れていないから本物は遠いところにあるんだろう>こういう分かったような分からないような感じ、1番も2番も、このBが素晴らしいんですよ。

坂本:ありがとうございます。

岩里:彼女か友達でもいいと思うけど、<君を守っていこう>という意思が伝わってきますよね。でも、シチュエーションは簡単には分からない。マルは何だろう? 上っていうのは空? 空に飛行機が飛んでいるのかな? って。そうすると飛行機があって、だけどあの飛行機にも触れないというか、今2人が触れない飛行機は空想上のお昼寝の間に見えているものかもしれないと思ってみたり。<眠る間少しだけ飛ぼうか ふたりだけのちからで飛ばそうか>とあるしね。

坂本:何となく寝ころんでいる2人がまどろんでいて。夢の中でなら自由にエスケープができるんだけど、現実にはしない自分たちというか。

岩里:それを<今はふたり触れないヒコーキ>と表現した。この表現も難解だと思いません?

坂本:どうなんでしょうね。そうなんですね。

岩里:とりあえず難解なのよ。

坂本:そうなんですね。

岩里:これは分からないよ。分からないけど、こういう風に想像を膨らませることができる空間を持った詞っていうのかな。

坂本真綾

坂本:当時、自分の中では物凄く整然としていて。自分には屋上や空の映像が見えているから、書かなくても自分には見えているから、人に分かってほしいっていう目線がないんですよね。今は「これは空って1回言わないと分からないな」って冷静に考えますけど。

岩里:分かりやすく伝える意味っていうこともありますからね。

坂本:でもそこがないから不親切な詞でもあり。この抽象的な表現には恐れがないですよね。

岩里:そうだよね。そこがいいし羨ましい。やっぱり18歳って空想する年頃じゃない。自分がまだ何者でもない頃って想像を膨らます毎日だったりする。だから2人がただ昼寝をして空を見ているっていう話で、それがこんなに胸がキュンとする詞になったことが私には感動でした。あと、<甘すぎるドーナツはだんだん食べれなくなって彼らに近づいたけど>っていう2番があるんですけど、この彼らっていうのはみなさん誰だか分かりますか? そう、「大人」ですね。

坂本:何で私が書いた詞なのに岩里さんが正解を言うの(笑)?

岩里:(笑)。「大人に近づいたけど」とは書かないわけ。<彼らに近づいたけど>、ここはすごいなと思った。最初、私分からなくて。

坂本:ひねくれていたというか、普通のことが恥ずかしかった時期なんです。

岩里:大体ひねくれてるけどね(笑)。

坂本:当時は若さでもあるんですけど、シンプルであること、直球が怖かったんですよ。だから愛とか好きとかそういうこともなかなか出てこないんですよね。遠回しに遠回しに。

岩里:でも遠回しに言うことで日々が描けているなと思って。

坂本:とてもうれしいです。

岩里:あともう1個聞いていい? ドーナツとマルは丸つながりなの?

坂本:つながっていないです。

岩里:本当に?

坂本:今言われるまで全然気がつかなかった。

岩里:そうなんだ。でもずっと聞きたかったの。丸つながりかなって。

坂本:プロの方の視点って面白いですよね。岩里さんって大体常にそういうことを考えて聴いているんですよ。すごいと思う。それにしても、こういった詞は今はもう書けないものだと思いますね。

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