35歳以上の恋はなぜこんなにも生々しく面白いのか 『ラブ トランジット 35+』過去シリーズとの“決定的な違い”

 そこそこ生きていたら、それなりに色々ある。そんなことを『ラブ トランジット 35+』を観ていると痛感する。

『ラブ トランジット 35+』OFFICIAL本予告 | プライムビデオ

 Prime Videoで独占配信されている『ラブ トランジット 35+』(以下、35+)は、人気恋愛リアリティーショー『ラブ トランジット』の最新作。元恋人(X)同士の5組が、誰が誰の元恋人かを伏せたまま約1か月ホテルで暮らし、過去の恋と新しい恋のあいだで揺れる様子を追うという骨組みはそのまま。ただ、過去シリーズと違うのは、参加者全員が35歳以上であること、そしてシリーズで初めて元夫婦が参加していることだ。

 一見すると、対象年齢を上げただけのスピンオフにも見える。ところが第3話まで観ると、印象はかなり違う。これまでのシリーズが「なぜ別れたのか」を解き明かす物語だったとすれば、『35+』は「別れたあと、どう生きてきたのか」を問う物語になっている。だからだろうか、観ていてこれまでのシリーズにない生々しさとヒリつくような痛みを感じるのだ。

恋リアでも扱われる、ミドサーの物語

 最近、フジテレビ系のドラマ『Tokyo middle 30』でも扱われていた“ミドサー”というテーマがついに恋リアにも登場したことに、少し期待を抱いてしまう。それは、おそらく私自身が32歳という年齢になり、ライフステージの変化に直面してくる時期だからだろうか。日本はもちろん海外のものもギルティープレジャーとして欠かさずチェックするほどには恋リアを観てきたが、中でも『ラブ トランジット』には毎度のように泣かされてきた。never young beachの「お別れの歌」のMVを観て泣くタイプの人間なので、仕方ない。とはいえ泣かされながらも、従来の『ラブ トランジット』には“まだ”、次の恋愛への期待感や胸の高鳴り、切なさやときめきがあった。

 一方で『35+』は、そんな単純な話ではなくなってくる。過去シリーズと比べて、歳を重ねながら素敵な人間として生きていくとはどういうことか、そして自分の振る舞いが他者の目にどのように映るかといったことを、より考えさせられるのだ。やはり恋リアの醍醐味とは、ときめきはもちろん、そういった客観的視点によって得られる“学び”であり、『35+』は第1話〜第3話の段階で“お勉強会”としての側面が強いと感じた。私がTSUTAYA店員だったら、ラブ・ロマンスの棚じゃなくて、ヒューマンドラマの棚に並べる。

 そもそもなぜ、恋リアも“ミドサー”なのか。それはきっと、多種多様な生き方や価値観が当たり前になった現代において、他者と一緒に暮らし続けることの難しさがより実感されやすくなっているからではないか。「熟年離婚」という言葉が浸透して久しく、人生の先輩たちが最後の最後に、残りの時間を楽しむために何年も連れ添った人に別れを告げる様子を見ていると、そんな長い間我慢していたくらいなら、もっと早くにその決断をしておけば……なんて若い世代は思ってしまうのだ。離婚へのハードルが下がり、誰かと添い遂げることよりも自分の人生を楽しむことに重きが置かれつつある今、それでも誰かと一緒にい続ける選択をするのは容易くない。容易くないけど、それでも誰かと一緒にいたいのであれば、どうすればいいのか知りたい。そんな私たちの切なる願いに、“ミドサー”恋リアの需要を感じる。

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