ThinkPadはなぜ頑丈なのか? 大和研究所で見た「壊れ方」まで設計する現場

ノートPCを片手で持つ。リュックに入れて自転車に乗る。暑い屋外から冷房の効いた部屋へ移動する。毎日PCを使っていれば、どれも当たり前の動作だ。
しかし、PCにとっては、こうした何気ない動作にも負荷がかかっている。筐体がたわんだり、内部の部品に力が加わったり、温度の変化によって部品の状態が変わったりすることがある。では、実際の製品がこうした負荷に耐えられるかどうかを、メーカーはどうやって確かめているのだろうか。
2026年9月、レノボ・ジャパンは神奈川県横浜市にある研究開発拠点「大和研究所」でプレスツアーを開催した。筆者はこのツアーに参加し、「ThinkPad」シリーズの耐久性を支える試験や設計の現場を見て回った。
大和研究所では、ThinkPadを実際に落としたり、押したり、振動させたり、温度を変化させたりしながら、どこにどのような力が加わり、内部で何が起きるのかを調べている。さらに、試験によって不具合が発生した製品をX線CTで撮影し、外観からは確認できない内部の破損や変化を調べることもある。
そこで見たのは、単に「壊れないか」を確かめるだけではなく、「どこが、なぜ壊れたのか」まで調べ、実際の使われ方を想定した試験と分析を繰り返しながら結果を次の設計に反映し、ThinkPadの耐久性を高めていく開発の現場だった。
ThinkPadの耐久性を支える「地味だけど重要」な試験の数々

ThinkPadの開発拠点として知られる「大和研究所」は、日本IBM時代の1985年に始まった「大和事業所」がルーツだ。1992年に初代『ThinkPad 700C』が登場してから現在まで、日本のエンジニアがThinkPadの研究開発を長く支えてきた。
現在は海外のODMメーカーなどと分担して製品を作るグローバルな体制になっているが、研究開発の重要な拠点として大和研究所は残っている。
では、横浜の研究所では実際に何をしているのか。今回のプレスツアーでは、2026年モデルの『ThinkPad X1 Carbon Gen 14』の冷却設計から、落下試験、ヒンジ、電波、音響、カメラ、修理性、セキュリティまで、ThinkPadを支えるさまざまな技術を見ることができた。

今回の取材のなかで特に印象に残っているのが、「堅牢性・耐久性設計ラボ」だ。ここでは、PCを日常的に持ち歩くことで発生する衝撃や圧力を、さまざまな試験によって再現している。
例えば「加圧振動試験」。これは米国の大学生から寄せられた「教科書や本を入れたリュックにPCを入れ、自転車で通学していたら故障した」という報告がキッカケになったという。PCに約3kgの荷重をかけた状態で振動を加え、荷重と振動が同時に加わる状況を作り出す。

薄型化したノートPCでは、持ち方によって一部分に力が集中することもある。そのため、ディスプレイを開いた状態で画面の端を片手で持って歩く「片手持ち歩き試験」も行う。筐体がどの程度たわむのか、内部にどのような力がかかるのかを測定するほか、液晶部分についても、指先や手のひらで天板を押した場合を再現するLCDストレス試験を実施。粉塵が内部に入り込んだ場合の試験も行われている。

そして、落下試験の後には、もうひとつ重要な工程がある。自由落下や角落下を実施したPCをすぐに分解するのではなく、病院などでも使われるX線CTスキャナで内部を撮影する。外から見ただけでは分からないネジやケーブルの状態を確認し、どこに力が集中したのかを調べるためだ。試験前後の状態を比較し、フレームの補強や部品の配置などに反映していく。

「耐久設計ラボ」では、ヒンジなどの可動部分を検証する。ThinkPadで長く重視されているのが、ディスプレイを片手で開ける「ワンハンドオープン」だ。開け方によってヒンジにかかる力が変わるため、機械アームを使って両手で開ける場合や片側から開ける場合など、さまざまなパターンを再現しながらトルクを調整している。

2-in-1モデルでは、2つのヒンジを連動させる「アメージングヒンジ2(Amasync Hinge 2)」も採用されている。薄い筐体に収めながら、ディスプレイを回転させたときの動きや耐久性を確保するための仕組みで、開閉や回転を繰り返し、ヒンジだけでなく基板やケーブルへの負荷も調べる。

大和研究所では、温度や湿度が変わったときにPCがどう動くかも細かく試験している。「電波・信頼性設計ラボ」では、一定の温度や湿度に保つ恒温恒湿試験や、急激な温度変化を与える冷熱衝撃試験を実施。動作保証温度の10~35℃を超える環境にもPCを置き、起動や停止が正常に行われるか、POSTエラーやブルースクリーンが発生しないかなどを確認する。輸送中の貨物室や、寒い屋外から暖かい室内に入ったときなど、急に温度が変わる状況も想定している。

EMC試験では、PCから出る電磁波のノイズも測定。筐体に導電スポンジを使ったり、蓋にシールド用のメッキを施したりしながら、各国の規格を満たせるように調整していく。ちなみに、日本ではVCCIなどの規格を考慮する必要がある。
「無線・音響設計ラボ」には、外からの電波を遮断する電波暗室があり、そこで4G/5GやWi-Fiの受信感度を測定。PCを回転させながら、さまざまな方向から電波を受けたときの状態を確認する。2026年モデルでは、Wi-Fiアンテナをディスプレイ側からヒンジ付近や排気口付近へ移動しているため、内部の構造が変わっても受信性能を保てるかを検証している。

そして、同じラボにある半無響室では、スピーカーやマイク、冷却ファン、ACアダプターなどが出す音を測定する。今回のツアーでは、PC本体のマイクとヘッドセットのマイクの距離の違いを利用し、話している人の声と周囲の騒音を区別して、ノイズを抑える技術のデモも行われた。

「カメラ設計ラボ」では、オンライン会議などで使うカメラを検証している。開発コードネーム「BIG EYE」と呼ばれる大型CMOSセンサーを使ったカメラモジュールでは、肌の色が異なるマネキンを撮影し、人物を自然に映せるかを確認。広角カメラで画面の端にいる人物が歪んで見える問題についても、画像処理でどこまで補正できるかを検証している。レノボによれば、VCX Forumの画質ベンチマークではMacBookシリーズを上回り、『Surface Pro 11』とトップを争う水準に達したという。
こうして見ると、大和研究所で行われているのは、PCを落としたり壊したりする試験だけではなく、PCを持ち歩く、開く、閉じる、充電する、Wi-Fiにつなぐ、オンライン会議をする、暑い場所や寒い場所で使う。ユーザーが普段何気なく行っている動作を一つずつ取り出し、そこで起こり得る問題を試験に置き換えている。
さらに、新しい故障事例が見つかれば、それを新たな試験項目として追加。実際の使われ方や故障事例から試験を作り、その結果を設計に反映する。この繰り返しが、ThinkPadの堅牢性を支えている。
AIを動かすPCへ進化するThinkPad、設計思想はどう変わったか

こうした堅牢性の追求と並行して、大和研究所ではPCそのものの構造も変えている。2026年モデルでは新シャシー「CS26」を開発し、『ThinkPad X1 Carbon Gen 14』ではAI処理を含む高負荷な作業を長時間続けることを想定して、冷却機構や基板レイアウトを見直した。
背景にあるのが、エージェントAIの普及だ。従来のAIはユーザーが質問を入力して回答を受け取る使い方が中心だったが、エージェントAIでは、AI自身が状況を判断し、コードを書いたり外部サービスやデータベースに接続しながら、複数の作業を進める。ユーザーがPCを操作していない時間にもAIが動き続けるようになれば、これまで以上に熱と電力への対応が必要になる。

『X1 Carbon Gen 14』では、デュアルファンを前世代から約81%大型化。キーボード側から吸気し、ヒンジや背面側へ排気するエアフローを作った。
メモリにはLPDDR5X-9600を採用。CPU性能は前世代と比べて約1.8倍、GPU性能は約1.7倍、NPU性能は約1.2倍に向上したという。Microsoft Teamsでビデオ通話を行った際のファン騒音は28dBから25dBに低減し、高負荷時の表面温度も抑えている。
内部構造には「Space Frame」を採用し、基板や冷却機構を再配置。OLEDモデルでは駆動回路をディスプレイ下部の首元側に配置して画面を薄くし、キーボードをディスプレイ側へ寄せることでタッチパッドの面積も広げた。
素材にはカーボンファイバー、マグネシウム合金、アルミニウム合金を使い、キーボード裏のベースプレートもステンレスからアルミニウムへ変更。素材を変えるだけでなく、ネジの位置や本数まで調整し、しなやかさと強度のバランスを取っている。重量は約977gだ。

一方で、長く使うためには「壊れにくさ」だけでなく、故障した際に修理しやすいことも重要になる。ThinkPadでは、こうした修理性も改良している。
最新のX1シリーズでは、キートップを1個単位で交換できるようにした。文字が擦れたり、特定のキーが壊れたりした場合でも、キーボード全体を交換する必要がない。USB Type-Cポートもモジュール化しており、故障時にはメインボードではなくポート部分だけを交換できる。バッテリーも特殊工具を使わずに交換できる構造としている。

こうした設計をさらに進めたのが『ThinkPad T14 Gen 7』だ。底面カバーのネジを外せばバッテリーを取り外せるスクリューレス構造を採用し、ユーザー自身で交換できるCRUとして扱っている。USB Type-Cポートも2~3本のネジを外すだけで交換できるほか、専用ソフト「Commercial Vantage」から故障のセルフ診断も可能だ。
メモリにはLPCAMM2を採用し、SSDやWWANモジュール、SIMトレイ、キーボード、冷却ファンなどにもアクセスしやすくした。こうした修理性が評価され、『ThinkPad T14 Gen 7』はiFixitの修理性評価でPCとして初めて10点満点を獲得している。

セキュリティもAI時代を意識して変わっている。AIエージェントが人間に代わってPCを操作するようになれば、「誰が操作しているのか」をどう確認し、どこまで権限を与えるのかが重要になる。Lenovoでは、人間以外のIDも信頼せずに扱うゼロトラストの考え方を取り入れ、サンドボックス化や緊急停止といった仕組みを用意する。
ハードウェアからファームウェア、OSより下の層、サプライチェーン、AIエージェント、企業内のデバイス管理までを含めてセキュリティを構築している。その土台となるのが「Hardware Root of Trust」だ。BIOS/UEFIなどのファームウェアを大和研究所で開発し、第三者機関によるセキュリティ評価も受けている。
ファームウェアにはNIST SP800-193に沿った自己回復機能を搭載。改ざんなどが発生した場合に復旧できるようにしている。「Tamper Detection」では筐体が開けられたことを検知し、「BIOS Event Log」では設定変更や起動などのイベントを記録する。「ThinkShield Wipe System Data」では、OSのリカバリーだけでは消去できないファームウェア層のデータまで消去でき、TPMや指紋認証に関するデータも対象となる。
企業向けには「Lenovo Device Orchestration(LDO)」も用意する。複数のPCの状態やセキュリティ状況を一元管理し、パッチの適用状況を確認したり、USB Type-Cポートなどの状態を遠隔から診断したりできる。

ThinkPadは頑丈なノートPCとして知られているが、今回、大和研究所を見学して、その頑丈さは丈夫な素材や部品だけで作られているわけではないことが分かった。
落としたら、どこが壊れるのか。リュックに入れて自転車で運んだら、どこに力がかかるのか。画面を片手で持ったら、筐体やヒンジはどうたわむのか。そして、実際に壊れたとき、どこまで直せるのか。大和研究所では、こうしたひとつひとつの「困った」を試験に置き換え、結果を設計へ戻している。
AIエージェントによってPCの使われ方が変わり、処理性能や冷却性能が重要になっても、PCが毎日持ち歩く道具であることは変わらない。だからこそ、AIを常時動かすための冷却から、落下や振動への耐久性、電波や音響、カメラ、修理性、セキュリティまで、さまざまな要素を含めて設計する必要がある。
世界中で使われるThinkPad。その開発拠点が横浜にあることは、意外と知られていないかもしれない。そこで行われているのは、スペック表には載りにくい地道な仕事だ。実際の「壊れ方」を調べ、その結果を次の製品へ反映する。その積み重ねが、ThinkPadの頑丈さを支えている。























