Grimesなど海外著名アーティストとボカロPが続々コラボ ドワンゴ×Nebula17が仕掛ける『BEYOND BORDERs』の挑戦
2026年、株式会社ドワンゴとロサンゼルスを拠点とするグローバル音楽スタートアップNebula17がタッグを組み、日本発のボカロカルチャーを世界へ押し出す新プロジェクト「BEYOND BORDERs」が本格始動した。さたぱんP、picco、jon-YAKITORYといった国内トップクラスのボカロPが渡米し、グラミー賞受賞プロデューサーのスクートをはじめ、グラント・ブーティン、バード、セシル・ビリーヴら海外最高峰のヒットメーカーたちとロサンゼルスのスタジオで直接向き合う「コライト(共同制作)キャンプ」を敢行。さらに、世界的なポップアイコンであるグライムス(Grimes)とのコラボレーションも発表されるなど、音楽シーンに大きな衝撃を与えている。
これまでの日本のポップカルチャー海外展開といえば、アニメタイアップや単発のイベント出演が主流であり、運や流行の波に左右されやすい側面があった。しかし「BEYOND BORDERs」が目指すのは、現地の音楽シーンの最前線で活躍するクリエイターたちと直接手を組み、国境や言語の壁を越えた新しいポップミュージックの「仕組み」そのものを構築することだ。
今回は、本プロジェクトを統括する株式会社ドワンゴ事業開発本部長の織本五郎清健氏と、日米の音楽シーンを熟知するNebula17 CEOの長田直己氏にインタビュー。プロジェクト立ち上げの真相からLAコライトキャンプでの知られざるドラマ、そしてデータと現場で実感したボカロ文化のグローバルな可能性について、じっくりと話を聞いた。(編集部)
王道の「アニメタイアップ」に頼らずにグローバルヒットを作るには? 「BEYOND BORDERs」発足の理由
ーーまずは今回、ドワンゴさんとNebula17さんがタッグを組み「BEYOND BORDERs」を立ち上げられた経緯についてお聞かせください。織本さん、原点にはどのような課題意識や思いがあったのでしょうか。
織本:一番の根底にあったのは、「日本のボカロPや若手クリエイターたちを本気で世界で活躍させたい」という強い思いとボカロPは『世界で十分闘える』という自信です。ドワンゴとしてこれまでも事務所様やメディアの皆様と一緒に様々な挑戦を重ねてきましたが、そのタイミングで文化庁の「クリエイター支援基金(Japan Creator Support Fund)」による海外進出支援の公募があり、我々の企画が採択されたことが大きな後押しとなりました。単発の施策ではなく、3年間の継続的なプロジェクトとしてスタートを切ることができたんです。
ーー海外進出というテーマにおいて、これまではどのように展開しようと考えていたのでしょうか。
織本:当初想定していたのは、従来の王道パターンでした。国内で楽曲を制作して話題を作り、そこからアニメタイアップなどの形で海外へ持っていくという流れですね。ただ、現在のアニメシーンを見ると、1クールだけでも50〜60本もの作品が放映されています。その過密なマーケットの中でタイアップを獲得し、世界的なヒットに結びつけるというのは、どうしてもアニメ作品のパワーに依存してしまうんです。
ーー作品数が多いからこそ、タイアップだけに依存した展開には持続可能性の難しさがあると。
織本:そうなんです。アニメタイアップ自体は非常に強力な武器ですし、KADOKAWAグループの強みを活かすことなのですが、それだけに頼る構造から脱却しなければダメだと感じました。本質的に素晴らしい楽曲やクリエイティブを自ら生み出し、それをグローバル市場へ直接届ける仕組みを作らなければならない。そこで単発で1〜2曲を出すのではなく、「BEYOND BORDERs」というプロジェクトとしての“箱”を構築し、中長期的に推していく決断をしました。国のバックアップがあったからこそ、数年単位の「線」として腰を据えた挑戦ができる体制と仕組みが整ったわけです。
ーーそんな中で、長田さんおよびNebula17に今回のお話があったわけですね。長田さんご自身のこれまでの経緯や、一緒にやることになった背景もお伺いできますか。
長田:僕はAvex USA時代にスタートアップ投資をやったり、アメリカの音楽業界のエグゼクティブたちとジョイントベンチャーで仕事をしたりして、すごく刺激を受けていました。いつか自分でやってみたいという思いがあり、独立してNebula17を立ち上げたんです。アメリカ現地で会社として事業を立ち上げるという貴重な経験ができたので、そのリソースやネットワークを、日本のカルチャーを世界に広げるために役立てたいと思っていたんです。
ーーそこで織本さんとの再会があったと。
長田:会社を設立してすぐのタイミングで、15年来のお付き合いがある織本さんがロサンゼルスで毎年開催している『Anime Expo』にいらっしゃっていて。まだ借りたばかりのスタジオに来ていただいて、「ボカロという独自のカルチャーを海外に広げるのに良い方法はないか」とディスカッションしました。 そこで、思い切ってアメリカの人気曲を作っているプロデューサーと日本のボカロPを掛け合わせて、今までにない組み合わせにトライするのはどうかと提案したんです。それにはまずコライトキャンプをやって、色々な可能性を試すのが大事だよねと意気投合しました。どうせなら欧米のアーティストをフィーチャリングすることで知ってもらえる可能性も高まるし、カルチャーとしての立体性も出る。そうやってEPを作ろうというアイデアがどんどん出てきました。
アメリカではコライトが「日常そのもの」 現役トッププロデューサーが集結した舞台裏
ーー長田さんにお聞きしたいのですが、アメリカ、特にロサンゼルスのポップミュージックシーンにおいて「コライト」という制作スタイルは、どの程度一般的なものなのでしょうか。
長田:ロサンゼルスにおいて、コライトは特別なイベントではなく「日常そのもの」です。僕らのスタジオでも毎日複数の部屋でセッションが行われていますし、プロデューサーやソングライターたちは基本的にチームを組み、年間250日以上、多い人だと1日に2セッションこなすようなスピード感で日常的に曲を作り続けています。
ーー毎日がセッションの連続であると。
長田:まさに毎日がコライトキャンプのような世界です。その中でA&Rは、自社のクリエイターの強みを最大限に引き出すために「誰と誰を組み合わせれば新しい化学反応が起きるか」を考え、日々マッチングを行っています。今回の「BEYOND BORDERs」において、僕らNebula17の最大の強みは、まさに現在進行形でロサンゼルスのヒットチャートを賑わせているプロデューサーやソングライターたちのリアルなリソースやネットワークを、ダイレクトに日本のパートナーに提供できた点にあります。
ーー「いま現在ヒットを生み出している現役のクリエイター陣」をアサインできたことが非常に大きかったわけですね。
長田:はい。今回のコライトキャンプでは、LAのスタジオ3部屋を5日間にわたって押さえ、事前に入念な準備をして臨みました。現地のクリエイターたちに対しても「なぜこのプロジェクトを行うのか」「初音ミクやボカロカルチャーとはどういう背景を持った文化なのか」というビジョンを明確にブリーフィングし、高いモチベーションでセッションに臨んでもらえるよう環境を整えました。
ーー今回参加された海外プロデューサー陣の顔ぶれを見ると、グラミー賞受賞プロデューサーのスクートをはじめ、Grimesやグラント・ブーティン、バード、セシル・ビリーヴといった素晴らしい名前が並んでいます。彼らの選定基準はどのようなものだったのでしょうか。
長田:大きく3つのポイントがありました。1つ目は「日本のサブカルチャーや初音ミクに対して強いリスペクトと興味を持っていること」。2つ目は「昨今のトレンドであるハイパーポップや、若い世代のエレクトロニック・ミュージックシーンに位置するフレッシュで影響力のあるコミュニティであること」。そして3つ目が「意外性と化学反応」です。
ーー意外性と化学反応、ですか。
長田:例えばドージャ・キャットやアリアナ・グランデ、テイト・マクレーといった世界最高峰のポップスターを手がけるプロデューサーと、日本のトップボカロPを掛け合わせたら、一体どんな未知のポップミュージックが生まれるんだろうというワクワク感ですね。そうして作成したリストをドワンゴ様やボカロPの皆さんに見てもらい、アプローチを進めていきました。
ーー日本側からは、さたぱんPさん、piccoさん、jon-YAKITORYさんの3名が参加されています。海外プロデューサー陣のラインナップを目にしたとき、ボカロPの皆さんの反応はいかがでしたか。
織本:いやもう、本当に大興奮でしたよ(笑)。特にjon-YAKITORYさんなんかは「えっ、本当にこんな凄い人と僕が組んで曲を作れるんですか!?」と目を丸くして驚いていました。piccoさんもslayrの名前が出てきたときは感銘を受けていましたね。
ーー現場のクリエイターたちの熱量が合致した最高のキャスティングになったわけですね。
織本:まさにそうです。数値データも細かく検証しましたが、最終的には長田さんと現場のクリエイター、プロデューサー、スタッフたちの感性と熱量にお任せしたからこそ、この素晴らしい布陣が実現したのだと思います。