VTuberが「タレント」になったのはいつから? シーンの深化と憧れが変えた、バーチャルタレントの“在り方”
VTuberシーンは黎明期から「タレント的運用」をしてきたという事実
より踏み込んだ分析をするならば、「VTuberのタレント化」は、タレント本人の変化ではなく、周囲環境の変化によって顕在化したという見方もできる。
2024年8月2日に「VTuber登竜門」という企画がスタートした。これはシーンの黎明期から活動してきた元プロデューサー達が一同に介し、さまざまなVTuberと対面オーディションを実施、合格すれば「登龍門BOX」という新しい事務所へ所属できる、というものだ。
そして、このオーディションには、「キズナアイ」共同原案者である松田純治氏、「輝夜月」発案者の田中良典氏、いちから株式会社(現:ANYCOLOR株式会社)の元最高執行責任者であり黎明期から「いわなが」のニックネームでファンに知られている岩永太貴など、錚々たるメンバーが面接官として参加している。
筆者がここで指摘したいのは、彼らが参加している同企画の内容そのものではない。黎明期にバーチャルYouTuberシーンを引っ張っていたタレントたちには(当時では)しっかりとスタッフがつき、新たなエンタメを生み出すため共に活動を進めていた、という事実にある。
この「事務所のもとでマネジメントされている」という印象は、年を経るごとに様々なプロジェクト・事務所の登場によってドンドンと強まっていったわけだが、当時はもう少し異なる印象を持っていた人が多いだろう。
もちろん、いまよりもグッとファンの数が少なかったシーンのなかでは、タレントではない運営スタッフがみずから前に出てファンと交流を図っていたケースがいくつかある。だが「VTuberの裏で脚本家やスタッフが支えている」というような構図は、炎上騒動などに発展した際の対応でうっすらと見えている程度、「VTuber四天王」であれ誰であれ「事務所がタレントをテキパキとマネジメントしている」という印象はつよく押し出されていなかった、というのが筆者の体感なのだがどうだろうか。
ネットカルチャーを新たに盛り上げる彼ら/彼女らの活動を素朴に受けとり、楽しんでいた者は筆者以外にも大勢いただろうし、こういった視点が、2017年から18年の「VTuberシーンの熱狂」を形作っていったと筆者は捉えている。
そういったトップランナーの彼ら/彼女らバーチャルタレントの活躍を見て、「自分もこうなりたい」と憧れを抱くリスナー(視聴者)も生まれた。
マンガ(イラストレーション)や音楽とおなじように、ファン側も創作活動をおこなえる新たなエンタメというように受け取られたことも影響しているだろう。
「だれでもVTuberになれる!」という触れ込みの雑誌もいくつか実際に発行されており、BlenderやUnityなどの3D制作アプリケーションを使って自作の3Dビジュアルを生み出す。そこに「非日常的・創作的な存在」たらしめる設定やプロフィールを創出することにより、自分自身の手で自らをオリジナルキャラクターへと仕上げる。
オーディションを受ける→企業に所属して活動するVTuberと、ネットカルチャー内で興隆していた二次創作の延長線上としてキャラクターを創作・受肉するVTuber。2つの流れがパラレル(並走)する形でシーンが進んでいったと捉えられる。当時シーンを見ていた方々ならピンとくるはずだ。
とくに、後者の潮流は当時のネットカルチャーでも新鮮であり、のじゃロリおじさん(当時:バーチャルのじゃロリ狐娘YouTuberおじさん)などが注目を集めることになったのも、この自主制作・DIY感、言い換えればインディーズ感がウケたからだ。
先述したVTAのように、現在ではタレント志望の方々が「VTuberになろう」と意気込んでオーディションをうけるといった流れが主流ではあるが、のじゃロリおじさんがDIY感ある格好で3Dキャラクターを制作・キャラクター化した流れとは、全く別のロジックが動いているわけだ。
先述した周囲環境の変化とは、もちろんこれだけに留まらない。
2020年3月ごろから始まったコロナ禍によってVTuberの視聴者の増加によって、それまでのファン層“外”からのリスナーを呼び込んだことで、視聴者側の捉え方がより多角的になった点。また、シーンが成熟化したことによって、より「VTuber」という文化・営みへの理解が深まっていったこともあげられる。
VTuberシーン単体のみならず、他のファン層をも取り込んだことで、「VTuber文化」について考える人が大いに増えた。比較対象のように取り上げられるアイドルやお笑い芸人、音楽やゲームのシーンが好きなリスナーからすれば、「VTuberとは“なんなのか”……?」とより深く理解しようとするのは、自然な営みとして行なわれるはず。
ここに加えて、ホロライブやにじさんじといった大手事務所が「タレント」として所属メンバーが広告PR担当するのが増えたのも決め手のひとつになる。筆者の体感としては2021年にはいったあたりから増えていった記憶だが、「VTuberが広告を担当する」ことと「芸能人がCMに出演する」というほぼイコールとして認識したリスナーやファンが大半ではないだろうか。
このような事象がいくつもパラレルに、そして混ざり合いながら、周囲環境を変化させた結果、リスナー側も、タレントが所属する事務所側も、「VTuberをタレントとしてみる」環境ができあがったわけだ。
そして、よりシーンが成熟化して「VTuberになること」が一般化、理解が深まっていくと、よりソリッドに面白みある……つまり“タレント(個性)”のある人物が好まれるように変化してきた。
芸能タレントとして見てみれば、バーチャルタレントの名前は、いわゆる芸名である。プロフィール文や自己紹介などに代表されるフィクショナルな設定は、キャラクターとして“絶対に”振る舞う・演技することを意味しているわけではなく、いわゆるフレーバーテキストである。
重要なのは、自身の名前・ビジュアルをバーチャル化(≒アニメーション化)したうえで、どのような活動をおこない、どのような形で自身のタレントを発揮するか。数十人から数百人、下手すれば数万人以上の視聴者が一挙に集まる中で、自分自身をうまく使ってドラマを描こうとするタレントとアイディアにある。
人によっては大きなプレッシャーになるだろうが、人によっては楽しくて仕方がないだろう。自身の一挙手一投足で、数万人の心を動かす“全能感”をリアルタイムで感じられるのだから。
「フィクションの登場人物」として扱うのではなく「存在する人物」として見る土壌、そしてタレントが「≒自分自身」として活動をしていく在り方の変化と、憧れの芽生え。そのような変容を遂げたことにより、VTuberのなかでもとくに影響力の強いインフルエンサーたちは、バーチャルタレントへと変化したと結論付けられる。
VTuberの核は活動者か、それともIPか 今見つめ直す、バーチャルな存在の“主体性”
依然、拡大を続けるようにみえるVTuberシーン。一方で、直近で数多くのVTuberがその活動に幕を下ろしている。 2018…