『男ともだち』が描く「名前のない関係」 松岡茉優×成田凌の“越えない”色気
『愛がなんだ』(2019年)で見せたたぶらかし男、『窮鼠はチーズの夢を見る』(2020年)での切実で複雑な人物像、そしてドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』(2026年/日本テレビ系)での誠実そうな恋人。成田は、浮気ジャンルの曖昧な恋模様の中にある、人間のどうしようもない部分を表現するのが抜群にうまい。
本作で何より印象的だったのは、彼の「隙のなさ」の表現だ。一見すると誰に対しても隙だらけに見える男が、神名にだけは決して踏み込ませない領域を持っている。その微妙なバランスを成立させているのだ。
聞き慣れなさすぎるエセ関西弁を話し、下品な冗談も人前で口にし、恋愛に対しても軽薄そうで、何を考えているのかすぐに分かりそうな男。けれども、神名に対してだけは、不思議なほど一貫した距離を保っている。それを分かりやすい台詞や行動ではなく、視線や佇まいだけで感じさせてしまう。
三島監督の演出もまた素晴らしい。特に印象的だったのが、歩くシーン。
そもそも映画において人物が歩く場面というのは、監督の腕の見せ所だと個人的には思っている。2人が並んで歩くのか、一方が先を行くのか、数歩後ろをついていくのか。あるいは追い抜くのか、止まるのか。そして、カメラのスピード。言葉では説明されない人物同士の距離感や、その瞬間の力関係が、歩き方ひとつで表現できてしまう。
本作は、そんな「歩くこと」の演出がとにかく巧みだ。正面から歩いてくる2人を長回しで捉えたカットでは、何気ない会話に合わせて距離が縮まったり離れたりする。劇的な出来事が起こるわけでもないのに、彼らの感情の機微が、歩幅や距離の変化を通じて伝わってくる。
三島監督は本作であえてカット割りを減らし、人物の位置関係や感情の変化をワンカットの中に映し込むことを重視したという。なるほど、と思わされた。本作のロングテイクは、単に芝居を長く見せるためのものでなく、人物の距離が変化していく「時間」そのものを、映像として記録しようとしていたのだと思う。
そして本作は単に、男女のプラトニックな関係を美しく描いた映画ではない。
むしろ物語が進むにつれて浮かび上がってくるのは、神名という女性が、これまでいかに「性」というものに囚われてきたか、という問題だ。神名が描く絵にも、その葛藤が表れている。現在の彼女が描くのは、繊細で美しく、みんながきれいだと思えるもの。しかし、かつて描いていたのは鳥の死骸や、幼少期に受けた性的被害の記憶からの、もっと禍々しく、力強いものだった。その不穏で、どこにも馴染まない表現こそが、彼女の創作の原点だった。しかし、周囲からの評価や求められる自分を意識するうちに、神名はその本質を押し殺し、誰からも受け入れられる「きれいな絵」を描くようになっていた。
ここで、あれほど献身的だった彰人と神名が、なぜうまくいかなかったのかがわかる。彰人が愛し、支えようとしていたのは、誰からも愛される「きれいな神名」だった。それは、彼がずっと大切にしていた神名の絵からも伝わってくる。何年も一緒にいながら、彼女の奥にあるものには目を向けなかったのだ。
一方のハセオは、神名の奥にある醜さや不器用さも含めて、影でずっと彼女の創作を応援し続けてきた。だからこそ、肉体関係を持たず、ただ一人の人間として彼女の才能や生き方を肯定する。その関係が神名にとって、どれほど大きな意味を持っていたのだろうか。それに気づいたときに初めて、神名は「性」から解放されるのだ。
考えてみれば、2026年はこうした「名前のない関係」を描く映像作品が印象に残る一年だった。
仕事柄、今年から地上波ドラマを積極的に観るようになったのだが、先述した『冬のなんかさ、春のなんかね』や、蒼井優主演の『Tシャツが乾くまで』(2026年/TBS系)など、既存の恋愛観や男女の関係性に問いを投げかける作品が相次いだ。
今泉力哉や生方美久といった、現代の恋愛や人間関係を独自の視点で描いてきた映像作家や脚本家たちが、恋人、友人、夫婦、不倫相手といった既存の言葉だけでは捉えきれない関係へと踏み込み、名前のない関係性へ挑戦していった。そして『男ともだち』もまた、違ったアプローチで同じ場所を目指しているように感じられた。
恋愛なのか、友情なのか、不倫なのか、浮気なのか……。そもそも、人間同士の関係性は、そんな簡単な言葉で区切れるものなのだろうか? そんな問いを通して、令和の恋愛観が今変化の渦中にあるように感じられた。
恋人でも、家族でも、ただの友人でもない。そんな曖昧で面倒くさい関係を、あえて名前のつかないまま描こうとした『男ともだち』。誰かと並んで歩くことの尊さと、いつか一人で歩き出さなければならないことの寂しさの両方を、感じさせる一作だった。
■公開情報
『男ともだち』
新宿ピカデリーほかにて公開中
出演:松岡茉優、成田凌、井上祐貴、中島歩、咲妃みゆ、三浦貴大、辻󠄀凪子、中山求一郎、比喩根(chilldspot)、余貴美子、池畑慎之介
原作:千早茜『男ともだち』(文春文庫)
監督:三島有紀子
脚本:澤井香織
音楽:安川午朗
劇中歌:chilldspot「lost child」(RECA Records)
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
制作プロダクション:カズモ
©2026『男ともだち』製作委員会
公式サイト:https://happinet-phantom.com/otokotomodachi/
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