『男ともだち』が描く「名前のない関係」 松岡茉優×成田凌の“越えない”色気

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、松岡茉優のつぶやく「なんだそれ」が好きな玉置が『男ともだち』をプッシュします。

『男ともだち』

 男女の友情は成立するのか。もはや言い古されたこの問いに対して、本作が提示したのは、複雑で、色っぽくて、そしてかなり面倒くさい答えだった。

 直木賞作家・千早茜の同名小説を、三島有紀子監督が映画化した本作。主人公は、仕事も恋愛も行き詰まる29歳のイラストレーター・神名(松岡茉優)。同棲中の恋人・彰人(井上祐貴)との関係は冷え切り、妻子ある医師・真司(中島歩)との不倫を続ける中、大学時代の“男ともだち”ハセオ(成田凌)と7年ぶりに再会する。2人は京都、富山、広島で3つの夜をともに過ごしていく。

 この映画で何よりも面白いのが、神名を取り巻く3人の男たちの、あまりにも対照的な存在感だ。

 まず中島演じる真司は、妻子がありながら神名と肉体関係を持つ、いわゆるクズ男。車の中で密会を重ね、気まぐれに呼び出しては神名を抱く。彼女を対等に扱っているようには到底見えない。しかし、そんな彼との関係に、神名もまた一種の自己肯定感を見出しているように見えるのだから、なんとも厄介だ。

 一方、同棲相手の彰人は、その真逆にいるような人物だ。真面目に働き、家事をこなし、愚痴一つこぼさずに神名のことを献身的に応援する。もはや想像の産物で、なんて「いい男」なんだと思わされる。ただ、あろうことかそんな彰人との関係も、神名にとっては満たされないものとなっている。

 そして、この2人とはまったく異なる存在として現れるのが、ハセオである。

 神名とハセオは出会って12年、一度たりとも恋人同士になったことがない。互いの恋愛事情を包み隠さず話し、下品な冗談を言い合い、相手の身勝手さを笑い飛ばす。一般的な貞操観念やモラルはクソくらえとでも言わんばかり。神名にとっては、最も気を遣わず、最も自然にバカになれて、そして最も甘えられる存在なのだろう。

 しかし、そんな都合の良い関係性の2人は、決して肉体関係を持たない。同じタバコを吸い、隣り合って寝転がり、何気なく手が触れ合う。神名はさりげなく身体を寄せたり、相手の反応を試すかのような振る舞いを見せたりもする。正直、そこらのロマンス映画よりもよっぽどエロい。にもかかわらず、ハセオは決してその一線を越えようとしない。

 この「越えない」という選択が、たまらなく好いたらしいのだ。

 単にお互いを異性として見ていないわけではないだろう。むしろ、性的な関係になってしまえば、今の関係が決定的に変わってしまうことを、ハセオはどこかで理解しているように見える。一方の神名は、その境界線が存在していることすら、十分に自覚していないのかもしれない。

 そんな本作において、語らずにはいられないのが、松岡茉優の表現力だ。

 個人的に、松岡茉優という俳優が昔から好きだ。彼女の芝居には、役を記号化するわけでも、本人の個性で塗りつぶすわけでもない、不思議な自然さがある。与えられた役を、自分自身のすぐ隣に引き寄せてくるような感覚、とでも言うべきか。

 Netflixシリーズ『ダウンタイム』でも、その持ち味は存分に発揮されていた。松岡演じる形成外科医・沼田文は、一見すると他人にさほど興味がなさそうな人物。しかし、ふとした瞬間に内側に溜め込んでいた怒りや憂いが滲んでは湧き出てくる。感情のスイッチのON/OFFがはっきりしているのではなく、徐々に感情を発露していくような芝居が抜群にうまいのだ。

 そして『男ともだち』では、その表現力がこれでもかと引き出されている。

 本作は長回しの会話劇が多く、俳優の身体や表情に映画の強度を委ねるような、ある種ドキュメンタリー的な手触りがある。そんな中で松岡は、三者三様の男たちに対して、見せる顔を見事に使い分けていく。それは決して大げさな芝居ではない。手の仕草、歩幅、会話の間、視線の動き、はにかみ。ときには目に差すハイライトまで、そのすべてから彼女の芝居の力を感じる。まるで映画全体を覆うような、そんな圧倒的な芝居になっている。

 そして、先日の第39回東京国際映画祭で最優秀男優賞を獲得した成田凌についても語らざるを得ないだろう。

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