『GTO』が守り抜いた“変わらない核” 鬼塚は52歳になっても“グレートティーチャー”だった

 人は、年齢を重ねるたびに変わっていく。いや、変わっていくことを求められるというのが正しいだろうか。丸くなること、落ち着いた振る舞いができるようになること、空気を読めるようになること。それらを、わたしたちは“成長”と呼ぶ。けれど、本当に大切なものまで変える必要はあるのだろうかーー『GTO』(カンテレ・フジテレビ系)最終話を終えたいま、そんなことを考えている。

 1998年に放送されたオリジナル版から四半世紀以上の時が流れ、鬼塚英吉(反町隆史)は52歳になった。令和版の放送前にオリジナル版を見返したのだが、一言でいうなら“ヤバい”のオンパレード。第1話の時点で、鬼塚は生徒のナナコ(希良梨)の自宅に行き、ハンマーで壁を破壊(両親が家庭内別居をしていることで寂しさを感じていた)。さらに、のぼる(小栗旬)がいじめられていることを知ると、「そんなやり方じゃぬるい!」といじめのやり方に対してアドバイスをする。のぼるを屋上から逆さ吊りにするシーンは、当時のコンプラ的にもギリギリだったのではないだろうか。

 令和のいま、教師に求められるものは大きく変わった。生徒との適切な距離感の取り方や、コンプライアンスの順守。教師をしている友人に話を聞くと、生徒と向き合うこと以上に保護者への対応に難しさを感じることも多いという。どこまで踏み込むべきか、どんな言葉を選ぶべきか。SNSが普及したことで、教師の言動は教室のなかだけで完結しなくなったというのもあるだろう。ほんのひとつの言動が切り取られ、自身の意図とは異なる形で拡散されてしまうこともある。そんな時代に、型破りな教師・鬼塚はどう対応するのか。令和版の『GTO』では、彼がアップデートされる姿が描かれていくものだと思っていた。

 もちろん、アップデートされた部分もある。たとえば、最終話で佐藤颯真(難波碧空)を守るために鬼塚が選んだのは、拳ではなく土下座だった。颯真の悪友に、「二度と、颯真に関わんないでくんねぇか?」と頭を下げる。そして、颯真にも「賢くなれ」と諭す。オリジナル版の鬼塚なら、力づくでねじ伏せていたかもしれない。しかし、颯真の祖母であり、鬼塚に教師になるきっかけを与えてくれた理事長・桜井(白川由美)の「手って、そんなことするんじゃないのよ。大切なものをつかむために、大切な人とつなぐためにあるんだ」という教えが根付いていたのだろう。

 ただ、変わったのは、生徒を守るためのやり方であって、その根っこにある想いではない。目の前で困っている生徒をひとりにしないこと。自分が傷つくことになっても、最後まで生徒の味方でいること。鬼塚のマインドは、何ひとつ変わっていない。そう考えると、令和版『GTO』が描きたかったのは、アップデートよりも、時を超えてもなお変わらずに残り続けるものだったのではないだろうか。

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