清水崇版『八つ墓村』は“父”を否定する“仮面の告発”ホラーだ 数々の独創を読み解く

清水版では、「濃茶の尼」はフリフリの服を着た小さな老女「フリフリさん」に変わっていた(彼女の家の表札は「豊川浩二」で、おそらく市川版『八つ墓村』で金田一を演じた豊川悦司と、同じく市川版『犬神家の一族』などで金田一を演じた石坂浩二から取られており、さらに村には石坂巡査、警官には野村と市川がいる)。今年の大ヒット作『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は「村ホラー」としても話題を呼び、講談師の神田伯山は「『八つ墓村』は「完全に映画『ちいかわ』でした!」と述べていたが、「フリフリさん」は「濃茶の尼」をダークな「ちいかわ」にしたキャラだ。「親父のようにはなりたくない」としきりに久弥が語る清水版は、野村版の「ちいかわ」な葬式としてのパロディだろう。その証拠に、ポスターでは墓の上に八つ墓村が乗っかっているではないか。

考えてみれば、『八つ墓村』自体が父・要蔵の血筋から辰弥が解放される作品だった。多くの観客が清水版について語る「これは『八つ墓村』ではない」という言葉。その通りだ。しかし、むしろこの「批判」は清水監督への「称賛」にほかならない。それが狙いなのだから。原作の犯人はある人物に財産を相続させたかったXだが、清水版では尼子一族の呪い自体が犯人となる。金田一は「もう、私の手には負えません」と言うしかなかった。ミステリーではなく、ホラーだからである。表情のない能面は、それを被った演じ手の動きで様々な表情を帯びる。『八つ墓村』も監督によって別物に進化する。
今回の清水版では、要蔵が車でいちゃつく恋人を襲うシーンも重要である。カップルの襲撃はセックスの戒めを意図するホラー映画の定番だ。『13日の金曜日 PART2』(1981年)では、セックス中の男女が串刺しにされる。結婚式の文句「二人を死が分かつまで」が実践されるのである。ジェイソンはホッケーの仮面をつけているが、要蔵は能面を被っている。今年新訳がでた都市伝説研究家ジャン・ハロルド・ブルンヴァンの『消えるヒッチハイカー』(東京創元社)では、恋人が性行為をするため車を止めるレーンに出没する鉤手の男が分析されていた。映画『キャンディマン』シリーズ(1992年~)の原型で、鉤手は思春期の少女が恐れるペニスの象徴になっている。要蔵のモデルである都井睦雄は、夜這いの習慣があるとされた性の乱れる村を震撼させたが、清水版の要蔵はそれを膨らませつつホラー映画の伝統を継承し、野村版とは違う味を足しているのだ。

さらに、仮面の描写でも清水版は父を否定しようと試みる。野村版のヤマタノオロチ退治の神楽では、スサノオを演じた庄左衛門と数名の村人だけが仮面を被っていた。これとは違い、清水版で村人が落武者たちを集団で殺害する時には、庄左衛門(高嶋政伸)を除いて村人全員が仮面をつけ、落武者らには動物の仮面を被らせている(なお、市川版では落武者たちを襲う村人のほうが動物の仮面をつけていた)。清水版の村人たちは仮面をつけて匿名となり、敵を動物化することで罪悪感を薄めようとするのである。仮面をつけなかった庄左衛門は、一人で罪を背負わされ憎まれる。
そして、仮面をつけた村人の怒りは、時を経て末裔の辰弥に向けられることになる。現代の村人が神楽のときに仮面をつけた姿で一斉にこちらを振り向くシーンは異様だし、終盤で暴徒と化すときも彼らは仮面を被る。これは、SNS上の匿名ネットリンチや集団ヘイトを意味しているだろう。金田一は「理性」で「犯人探し」をしたが、村人たちは仮面をつけることで「狂気」に転じて暴走し、辰弥を罪人として「犯人探し」をするのである。

新作はその振り切れたホラー描写で恐怖と笑いは紙一重ということを示したが、同じく理性と狂気をも紙一重のものとして描いている。演出によって、金田一と要蔵が分身的存在に見えるからだ。野村版では二本の懐中電灯を鬼の角のように頭にさした要蔵は、「春来る鬼」のごとく、狂気を漂わせて桜並木を疾走した。一方、清水版でも「狂気」の要蔵は桜のトンネルを駆け抜けるが、ラストシーンでは「理性」の人・金田一にも同じ桜のトンネルを独り歩かせ反復するという工夫を見せるのである。清水崇監督の『犬鳴村』(2020年)と同様に、トンネルは境界線の場として機能するのだ。村人のように、我々もいつ狂気に陥るかわからない。
思いだしてみれば、稲垣吾郎が金田一を演じた2006年のテレビドラマでは、辰弥を探すのに、村人たちはみな頭に懐中電灯をつけ、要蔵の群集と化していた。人は二つの顔を併せもつ。清水版では、要蔵と久弥は滝藤賢一が一人二役で演じるという「血筋の継承」に加え、小竹と小梅も高島礼子が一人で演じ、さらに神社境内には意味深な二本杉すら登場する。清水版は野村版を葬ろうとする分身である。
そうして、新作は「ヘイトが生む狂気」を見せつける。エンドロール後に、村から都会に戻って来た辰弥の背後には祟りがとり憑いていた。庄左衛門が生きたのは400年前だから、その子孫はいまでは数え切れないほどいるだろう。祟りが拡大するように、ヘイトによる匿名のSNSリンチも日本中、いや世界中に拡大している。「辰弥は要蔵の子ではない」という救いは清水版にはない。野村版において、辰弥を村に車で案内する森美也子は「都会も田舎も変わらなくなったと言うけど、そうじゃないわ。しきたりとか習慣とかね」とこぼしていた。しかし、現代では、因習村ではなく都市こそ、その温床なのだ。「この村は何かおかしい」は村ホラーの常套句だが、清水版『八つ墓村』は「この世界は何かおかしい」と警告する。
父とは違う「仮面の告発」の村ホラー。これが新たな『八つ墓村』の魅力ではないだろうか。
■公開情報
『八つ墓村』
全国公開中
出演:尾上松也、奥智哉、堀田真由、高島礼子、滝藤賢一、小籔千豊、渋川清彦、髙嶋政伸
原作:横溝正史『八つ墓村 金田一耕助ファイル1』(角川文庫/KADOKAWA刊)
監督:清水崇
脚本:尾ヶ井慎太郎、清水崇
音楽:アントンジュリオ・フルリオ
主題歌:「DOOM」TMG(Tak Matsumoto Group)
原作:『八つ墓村 金田一耕助ファイル1』(横溝正史/角川文庫)
制作プロダクション:ダーウィン
制作協力:松竹撮影所
製作幹事・配給:松竹、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
製作:「八つ墓村」製作委員会
©2026「八つ墓村」製作委員会 ©Yokomizo Seishi/KADOKAWA
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/yatsuhakamura-movie
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