小野花梨&眞島秀和のあまりに切ない最期 『べらぼう』を変える“良心”と“声”の死

蔦重にとって「まとうど」だった、ふく

 家治という陽の光を失った江戸城と、絶望に包まれる市井を目の当たりにしながら、「みんながツキまくる世ってのはねぇもんすかね」と、かつて蔦重が口にした言葉を思い出す。きっと意次が目指した世の中もそうだったはずだ。みんなが豊かになるために蝦夷を開拓し、市民から集めた金にも利益を乗せて再分配したかった。

 しかし、そのアイデアも幻となって消えてしまう。金儲けを武士の恥だとする保守的な考えを持つ城内からも理解を得られず、今日食べる米もない不安を抱えた市井の人々にもいつか返ってくる利の話など通じない。いつだって新しいやり方というのは摩擦が起きるものだが、そのなかでも意次の打ち出したタイミングは間の悪い時期だった。

 むしろ苦しいときだからこそ、冷静に情報を聞き入れて新しい動きを取り入れなければならないというのが人生の難しいところだ。そんな意次の気持ちを誰よりも理解していた家治は、次の将軍となる家斉(長尾翼)に意次のような「まとうど(正直者)」を側に置くことの大切さを伝えた。

 正直者は耳の痛いことも言ってくれる。地位が上がるにつれて、そうした声をまっすぐに届けてくれる者は貴重なのだと諭したのだ。その言葉に、ふくもまた蔦重にとっての「まとうど」だったのだと思った。

 振り返れば、ふくはいつも「市井の人」の言葉を蔦重に届ける稀有な存在だった。本屋として成功し、日本橋に大店を構えて多くの人たちから「旦那様」と呼ばれる立場になった蔦重。ともすれば、そんな成功者である蔦重をおだてていい思いをしようとすることもできたはず。

 しかし、ふくは世の中に広まる意次の誤解を解こうとする蔦重に「相変わらず田沼贔屓だね」と遠慮なく意見を述べた。「つまるところツケを回されるのは、私らみたいな地べたを這いつくばってるやつ」「世話になってる身で偉そうで悪いけど、それが私が見てきた浮世ってやつなんだよ」と。

 意次の志と、ふくの本音。大きな権力と、小さな営み。そのどちらの声にも耳を傾け続けてきたからこそ、蔦重は「素人も面白れぇ。けど"通"も唸る」黄表紙を生み出すことができたのだろう。ふくの死は、蔦重にそうした思いを届ける人を失ったことを意味する。そして、家治の死によって意次の勢いも失速。蔦重にとっても苦悩の多い時期に突入していくことを予感させた。

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
NHK総合にて、毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00〜放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

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