『あんぱん』大森元貴自身の歩みとも重なるたくやの言葉 嵩も新たな一歩を踏み出す
そんな嵩の前に現れたのが、たくや(大森元貴)だった。かつてタクシー運転手をクビになりながらも、「音楽でたくさんの人を幸せにしたい」と笑うたくや。その言葉には、一度挫折を味わった人間だからこそのリアリティと、どこか無邪気な希望が同居していた。演じる大森元貴自身も、Mrs. GREEN APPLEのボーカルとして音楽の力を信じて活動してきた人物だけに、たくやのセリフや佇まいが、そのまま彼自身の思いとも重なるように響く。そんな彼を目の当たりにした嵩は、思わず「嫉妬した」と本音を漏らす。するとたくやは、「嫉妬したって言えるなんて、あなたは強い人です」と笑うように返す。その一言が、嵩にとって決定打となった。
その夜、嵩は再びのぶに向き合い、「漫画一本でやっていきたい」と意を決して伝える。のぶは変わらず、「全力で応援するき」と答える。のぶが気丈に振る舞っていることは、嵩にも伝わっている。それでも、自分の夢のためにのぶを巻き込むことを選んだ嵩の覚悟。そして、どこまでも相手に寄り添い、背中を押し続けるのぶの強さが、2人の会話の中に、夫婦の形と絆としてしっかりと映し出されていた。
さらに、後半では健太郎とメイコのその後が描かれる。メイコはすっかり母となり、子どもを連れて嵩とのぶの家を訪れる。かつて彼女が慕った草吉(阿部サダヲ)の話題を出すと、健太郎が「新橋で見かけたかもしれない」と応じる。この先にもう一度登場する可能性があると見ていいだろう。
そうこうしているうちに突然メイコが「生まれるかも」と言い出し、場面は一変。急ぎ病院へと向かった2人。のぶと嵩は見守ることしかできないが、しばらくして健太郎から「無事に生まれた」との連絡が届く。夢を追う決意を固めた嵩と、新しい命を迎えた健太郎とメイコ。異なるかたちではあれど、彼らはそれぞれに家族としての現在地を更新していた。
人生には、選び直せる瞬間がある。けれどその選択には、いつだって勇気が伴う。嵩の一歩を可能にしたのは、たくやの言葉であり、のぶの支えであり、これまでの経験すべてだったのだろう。『あんぱん』第94話は、夢と現実、過去と未来、弱さと強さのはざまで揺れながらも、それでも前を向く人々の姿を、温かく描いていた。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK